現在の寿司で、マグロは代表的な人気ネタです。
赤身、中トロ、大トロ。寿司屋でも回転寿司でも、マグロは特別な存在として扱われています。
しかし、江戸時代のマグロは、今のような高級魚ではありませんでした。
むしろ、下魚と見られることがあり、脂の多いトロは好まれにくい部位でした。
江戸の鮨で使われたのは主に赤身です。その赤身も、醤油に漬けたヅケとして使われました。
現代のマグロは寿司の主役
現代の寿司では、マグロは主役級のネタです。
寿司のネタを3つ挙げれば、確実に名前がでてくるネタであることは間違いないでしょう。
赤身は定番であり、中トロや大トロは高級ネタとして人気があります。
寿司店のメニューでも、大トロは一番高いネタとして大きく表示されていることが多いですね。
そのため、マグロは江戸の時代からずっと高級魚で人気のメニューだったように感じるかもしれません。
しかし、江戸時代の時代背景と食文化を見ると話はかなり違います。
江戸の鮨全体の基本を先に知りたい場合は、江戸の鮨を読む前に知っておきたい基礎知識|中学生でもわかる江戸前ずし入門も参考になります。
江戸時代のマグロは高級魚ではなかった
江戸時代のマグロは、現在のようにありがたがられる魚ではありませんでした。
『守貞謾稿』には、マグロを低く見るような記述もあります。
たとえば、さつまいも、かぼちゃ、まぐろは下品なものとされ、表店に住むような町人も食べるのを恥じるという趣旨の話があります。
これは、現代の感覚から見るとかなり意外です。
今なら、マグロを食べることを恥ずかしいと思う人はまずいないでしょう。
しかし、江戸時代には、魚の価値や味の好みが今とは違っていました。
なぜマグロは低く見られたのか
マグロが低く見られた理由には、いくつかのお話があります。
ひとつは、名前の問題です。
マグロは「シビ」とも呼ばれました。この音が「死日」を思わせるため、縁起が悪いと考えられたというお話があったりします。
今と違い、神や仏を信じる心、言霊と言った言葉あそびのような縁起を気にしたりと、現代とは違う価値観がありました。
もちろん、これだけでマグロの評価が低かった理由ではありません。
味の好み、保存のしにくさ、魚の大きさなど、さまざまな理由が重なっていました。
大きな魚は扱いにくかった
マグロは、とても大きな魚であり、よく泳ぐ魚です。
現代なら、冷蔵や冷凍の技術があるため、大きな魚を解体し、部位ごとに管理できます。
しかし、江戸時代には冷蔵庫がありません。
大きな魚は、一度に食べきるのが難しく、扱えるサイズに切ってしまうと傷みやすさがさらに加速します。
また、マグロは運動量が多く筋肉中に酸素を含んだ血液を多く、他の魚に比べても痛む速度が比較にならないほどです。
マグロのような大きな魚は、扱いにくい食材だったのです。
江戸前ずしでは魚介に仕事をして使いましたが、それでも保存の制約は大きな問題でした。
冷蔵庫のない時代の工夫については、江戸前ずしの「仕事」とは何か|冷蔵庫のない時代の工夫で詳しく紹介しています。
トロは好まれにくかった
現代では、トロは高級ネタとして知られています。
脂が多く、口の中でとろけるような食感が日本人にはとても人気です。
しかし、江戸時代には、その脂の多さが好まれませんでした。
脂の強い部位はとくに傷みやすく、冷蔵庫の無い場所ではあっという間に傷みました。
また、当時の人々の味の好みも現代とは違い、今のように脂の多い肉や魚を高く評価する感覚は、まだ一般的ではありませんでした。
日本人が脂を美味しく食べるようになった1950年以降で、食事の文化が欧米化していったことが大きと言われます。
そのため、トロはありがたがられるどころか、捨てられたり、鍋や肥料に回されたともいわれます。
トロの鮮度を管理できるようになるまでは「猫またぎ」と猫も食べない魚と言われていたという話もあります。
「猫またぎ」は今では、猫が欠片も残さないほど食べるという意味もあるそうです。
トロはねぎま鍋にも使われた
マグロの脂の多い部分は、鮨ネタとしてよりも、鍋に使われることがあったそうです。
その代表的なのが『ねぎま鍋』です。
ねぎま鍋とは、マグロとねぎを煮て食べる料理で、脂の多い部分を加熱すれば美味しく食べることが出来ます。
冷たい鮨として食べるより、鍋にして温かく食べる方が向いていたのかもしれません。
現代では高級なトロも、江戸時代には別の料理に回される部位でした。
江戸の鮨に使われたのは赤身だった
江戸の鮨でマグロが使われるようになったとき、中心になったのは赤身でした。
赤身は、トロに比べると脂が少なく、扱いやすい部位です。
ただし、赤身をそのまま生で食べるのではなく、江戸前ずしでは赤身を醤油に漬けました。
これがヅケです。
醤油に漬けることで魚の傷みを抑え、味をしみ込ませることができます。
マグロの赤身はヅケにすることで、酢飯に合う鮨ネタになっていきました。
ヅケは江戸前ずしらしい仕事だった
ヅケは、江戸前ずしの仕事をよく使われる工夫でした。
マグロの赤身を醤油に漬けることで、ただの生魚とは違う味になります。
醤油のうまみが入り、酢飯との相性もよくなります。
また、保存のための工夫であり、味を作るための工夫だったのです。
江戸時代の鮨は、現代のように新鮮があり生魚のうま味をそのまま味わう料理とは少し違いました。
魚介に手を入れ、酢飯に合うように整える。
そこに、江戸前ずしの面白さがあります。
マグロが鮨ネタになった背景
マグロが江戸前ずしのネタとして使われるようになったのには背景があり、江戸近海でマグロの大漁や値下がりがあったからとされます。
高級魚としてではなく、手に入りやすい魚として鮨に取り入れられました。
もともと高く評価されていなかった魚でも、職人の仕事によって鮨ネタになります。
赤身を醤油に漬けることで、酢飯に合う味へ変える工夫があったからこそ、マグロは江戸の握り鮨に入っていったのです。
江戸の握り鮨が広まった流れは、江戸の握り鮨はなぜ流行したのか|待つすしから、すぐ食べるすしへで扱っています。
トロが高級ネタになるのは後の時代
トロが高級ネタとして広く評価されるようになるのは、もっと後の時代です。
冷蔵や冷凍の技術が発達し、脂の多い部位を安全に扱いやすくなったことが大きく関係します。
また、欧米の食生活が入って取り入れられ、脂のある味を好む人も増えていきました。
肉や乳製品、脂の多い料理に親しむようになると、トロのような部位の評価も変わっていきます。
つまり、トロが高級ネタになった背景の1つに、保存技術と味覚の変化がありました。
江戸時代の人々が、現代と同じ感覚でトロを高級食材と見ていたわけではありません。
価値観は時代によって変わる
マグロの話で面白いのは、食べ物の価値が時代によって大きく変わることです。
江戸時代には低く見られることがあったマグロが、現代では寿司の代表的なネタになっています。
好まれにくかったトロが、今では高級品として扱われています。
これは、魚そのものが変わったというより、人間の側の価値観が変わったということです。
保存技術が変わる。流通が変わる。味の好みが変わる。
すると、同じ食材でも評価がまったく変わります。
江戸の鮨を知ると、こうした価値観の違いの面白さが見えてきます。
現代の寿司と比べると見え方が変わる
現代の寿司だけを見ていると、マグロは最初から人気者だったように見えます。
しかし、江戸の鮨文化を知ると、そうではないことがわかります。
マグロは、低く見られることがあった魚でした。
トロは、好まれにくい部位でした。
赤身をヅケにすることで、ようやく鮨ネタとして生かされていきました。
この流れを知ると、現代の寿司屋でマグロを見る目も少し変わります。
いまの一貫には、保存技術、味覚、流通、江戸前の仕事の歴史が重なっているのです。
江戸の鮨と現代の寿司の違いは、江戸時代の鮨は現代と何が違うのか|大きさ・値段・ネタ・食べ方でも紹介しています。
まとめ
現代では、マグロは寿司の代表的な人気ネタです。
赤身、中トロ、大トロは、寿司店でも回転寿司でもよく見かけます。
しかし、江戸時代のマグロは、今のような高級魚ではありませんでした。
下魚と見られることがあり、脂の多いトロも好まれにくい部位でした。
江戸の鮨に使われたのは、主に赤身です。
その赤身を醤油に漬けたヅケとして使うことで、マグロは江戸前ずしのネタになっていきました。
トロが高級ネタになるのは、冷蔵や冷凍の技術が発達し、脂のある味を好む人が増えた後の時代です。
マグロの評価の変化を見ると、寿司の歴史は、食材そのものだけでなく、技術や味覚の変化によって作られてきたことがわかります。
現代の高級ネタが、かつては低く見られていた。
その逆転こそ、江戸の鮨文化を知る面白さのひとつです。
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