江戸時代初期の出来事を、1625年(寛永2年)から1629年(寛永6年)まで年表形式でまとめました。

この時期は、第3代将軍・徳川家光の政権が本格的に動き出していく時期です。 武家屋敷、関所、伝馬、鉄砲、キリシタン、朝廷、公家、女歌舞伎など、幕府がさまざまな分野にルールを定めていく流れが見えてきます。

また、1629年には紫衣事件や後水尾天皇の譲位、明正天皇の即位も起こります。 幕府が大名だけでなく、朝廷や文化にも強く関わっていく時代として見ると流れがわかりやすいです。

色分けの見方

  • 江戸・幕府:江戸幕府や徳川家に関係する出来事
  • 地方・諸国:各地の大名・城・人物・地域に関する出来事
  • 海外・外交:海外貿易や外国との関係に関する出来事

1625年(寛永2年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後水尾天皇です。 家光の将軍就任後、幕府による武家屋敷や交通制度への統制が進んでいきます。

3月

  • 江戸・幕府 幕府が武家屋敷の広さを、知行高に応じて規定する。
  • 京都 8日、関白の近衛信尋たち公家や僧侶が、家光の将軍襲職を祝うために京都から江戸へ下る。

4月

  • 江戸・幕府 2日、幕府が京都二条城の城番を設置する。

5月

  • 陸奥 津軽藩が、青森から江戸までの廻船航路を開く。
  • 江戸・幕府 5日、幕府が武家屋敷を町人へ貸すことを禁止する。

8月

  • 江戸 中橋で若衆歌舞伎が行われる。
  • 江戸・幕府 27日、幕府が関所の通行、伝馬、駄賃馬などに関する法令を定める。

9月

  • 江戸・幕府 3日、幕府が諸大名に対し、領内にある鉄砲数を調査するよう指示する。

10月

  • 江戸・幕府 18日、幕府が町人に対して大脇差の帯刀を禁止する。

11月

  • 江戸 天海が上野に開山した寛永寺が竣工する。寛永寺は天台宗関東総本山の寺院で、開山は天海、創立者は徳川家光である。

12月

  • 土佐 21日、土佐藩が、かぶき踊り、賭け事、百姓の逃散などを禁止し、職人たちの賃金も規定する。

日付不明

  • 下野 日光杉並木の植林が始まる。日光街道、日光例幣使街道、会津西街道の3街道にまたがる杉並木で、現在も残っている。
  • 肥前・豊後 キリシタンの処刑が行われる。
  • 長崎 幕府の命を受け、長崎代官・末次平蔵が明国の福建総督に通商を求める返信を行う。
  • 加賀 小瀬甫庵が『太閤記』を書き上げる。

1626年(寛永3年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後水尾天皇です。 後水尾天皇が二条城へ行幸するなど、幕府と朝廷の関係が大きく見える年です。

閏4月

  • 長崎 26日、イエズス会宣教師とキリシタンらが処刑される。

5月

  • 江戸・幕府 明国人の陳元贇が、将軍家光に拝謁する。

7月

  • 江戸・幕府 27日、幕府が大坂城番規則を制定する。

9月

  • 江戸 3日、芝新網町の漁師が、将軍家へ魚を献上する。
  • 京都 9日、将軍家光が滞在している二条城に、後水尾天皇が行幸する。
  • 海外・外交 23日、シャム国、現在のタイから酒井忠世・土井利勝に書状と贈り物が送られる。

行幸とは、天皇が外出することです。

12月

  • 対馬 対馬藩主が朝鮮に塩硝200斤、鉄砲100挺を送るとともに、朝鮮に良馬を求める。
  • 江戸・幕府 7日、幕府が織物の尺幅を公定する。

日付不明

  • 江戸 江戸の須田町で平将門の首塚が発見される。烏丸光広が天皇の勅許を得て、神田明神に祀った。
  • 海外・外交 台湾で、長崎の貿易商・末次平蔵の朱印船とオランダ人との間に紛争が起こる。ヌイツ事件である。
  • 京都 狩野探幽が二条城の襖絵を描く。
  • 三河 大久保彦左衛門が『三河物語』を書き上げる。

勅許とは、天皇の許可のことです。

1627年(寛永4年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後水尾天皇です。 キリシタン弾圧、公家統制、オランダとの外交問題などが目立ちます。

1月

  • 肥前 3日、島原藩でキリシタン16名が、雲仙地獄責めによって処刑される。
  • 江戸・幕府 4日、幕府が会津藩主・蒲生忠郷の封地を、跡継ぎがいないことを理由に収公する。

封地とは、大名などが与えられた土地のことです。

2月

  • 対馬 朝鮮に後金軍が進軍したため、朝鮮が対馬藩主・宗義成に援助を求める。

5月

  • 陸奥 24日、仙台藩が知行割についての五か条を制定する。

8月

  • 江戸・幕府 24日、幕府が公家に対し、公家諸法度の内容に公家の市街地住居禁止の条文を追加する。

9月

  • 陸奥 4日、弘前城の天守が落雷によって炎上する。
  • 海外・外交 17日、幕府がオランダ王の書簡を受け取らないことを決める。使節であるヌイツを無礼として追い返した。
  • 江戸 30日、江戸の横山町寺町から出火する。火事は吉原まで延焼し、多数の死傷者が出た。

日付不明

  • 諸国 阿弥陀踊りが流行する。
  • 文化 吉田光由が江戸時代の算術書『塵劫記』を刊行する。

1628年(寛永5年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後水尾天皇です。 対外関係では、ポルトガル・オランダとの関係が悪化していきます。

1月

  • 京都 宮中で、殿上淵酔や叙位の儀などが再興される。

殿上淵酔とは、天皇が殿上人を清涼殿に招いて行った酒宴のことです。

2月

  • 加賀 10日、加賀藩が貸米・貸金利息などに関する法令を制定する。

4月

  • 海外・外交 シャム国、現在のタイのメナム河口で、スペイン艦隊が日本の朱印船を拿捕する。
  • 肥前 17日、佐賀藩が家中の困窮救済のため、家を売買することを許す。
  • 江戸 18日、霊岸島の霊巌寺が十八壇林に入る。

5月

  • 江戸・幕府 メナム河口での事件への報復として、幕府が長崎に入港していたポルトガル船を抑留する。これにより、ポルトガルとの関係が悪化する。
  • 長崎 長崎奉行・水野守信がキリシタンを処刑する。

7月

  • 海外・外交 17日、末次平蔵の朱印船の船長だった浜田弥兵衛が、ヌイツ事件に関係してオランダ総督ピーテル・ノイツらを人質とし、船を抑留する。これにより、オランダとの関係も悪化する。

8月

  • 江戸・幕府 10日、幕府目付・豊島信満が江戸城西の丸で刃傷沙汰を起こす。年寄・井上正就を刺殺したとして、翌日に切腹する。

10月

  • 江戸・幕府 28日、幕府が江戸周辺5里以内にある54村に対し、鷹場や鷹師についての触書を出す。

1里は約3.93キロメートルです。

1629年(寛永6年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後水尾天皇です。 紫衣事件、春日局の参内、後水尾天皇の譲位、明正天皇の即位など、幕府と朝廷の関係を見るうえで重要な年です。

1月

  • 対馬 対馬藩主・宗義成が、幕府の命により朝鮮へ使者を送る。同時に、漂流民の送還も行う。

2月

  • 江戸 水戸藩主・徳川頼房が、小石川にある屋敷で庭園の造営を行う。現在の小石川後楽園で、後楽園という名前はのちに徳川光圀によって名付けられる。

6月

  • 江戸・幕府 江戸の辻斬り取り締まりを強化するため、辻番所が設置される。

7月

  • 長崎 長崎奉行・竹中重義が多くのキリシタンを捕らえ、改宗を強要する。
  • 江戸・幕府 25日、幕府が大徳寺の玉室・沢庵たちを、紫衣法度違反により流罪とする。紫衣事件である。

紫衣事件は、幕府が朝廷の紫衣着用に関する勅許を無効とし、朝廷の権限を制限した事件です。 もともと紫衣の勅許には幕府の承諾が必要とされていましたが、それを無視した勅許が出されていたことから、幕府が朝廷へ圧力をかけました。

10月

  • 海外・外交 3日、幕府が山田長政の要請を受けて、シャム国との通商を許可する。
  • 京都 10日、家光の乳母・福が皇居に参内し、天皇に拝謁する。これにより、春日局の称号を授かる。
  • 江戸・幕府 23日、幕府が江戸の風紀を乱すとして、女の舞や女歌舞伎といった女性芸能を禁止する。

11月

  • 京都 8日、後水尾天皇が譲位し、興子内親王が7歳で践祚する。明正天皇として即位し、約860年ぶりの女性天皇となる。

この譲位は、春日局の無位での拝謁や紫衣事件における幕府の対応への抗議ともいわれています。

内親王宣下とは、皇族の子女に親王・内親王の地位を与えることです。 譲位とは、天皇が存命中に地位を後継者へ譲ることです。 践祚とは、天皇の位を受け継ぐことです。

日付不明

  • 武蔵 荒川水路の流れを変え、入間川につなげる。
  • 江戸 酒井忠世の屋敷を拠点に漁をしていた浜屋敷居住の漁師たちに対し、将軍御成の際に役船を勤めることを条件として、深川の干潟の土地が与えられる。のちの深川猟師町につながる。
  • 長崎など キリシタンに対する踏み絵が頻繁に行われるようになる。

1625年〜1629年は家光政権の統制が強まる時期

1625年から1629年は、徳川家光の政権が本格的に動き出し、幕府の統制がさらに強まっていく時期でした。

武家屋敷の広さ、町人への貸与、関所や伝馬、鉄砲数の調査、大脇差の帯刀禁止など、武士や町人の行動に細かなルールが定められていきます。

また、キリシタン弾圧も続きました。 島原藩での処刑、長崎での捕縛や改宗の強要、踏み絵の実施など、宗教統制はかなり厳しくなっていきます。

対外関係では、ヌイツ事件や朱印船をめぐる問題によって、オランダやポルトガルとの関係が悪化します。 一方で、シャム国との通商は許可されており、幕府が相手を選びながら外交を管理しようとしていたことが見えます。

そして1629年には、紫衣事件、春日局の参内、後水尾天皇の譲位、明正天皇の即位が起こります。 これは、幕府が朝廷の権威にも強く関わるようになっていたことを示す大きな出来事です。

この時期は、江戸幕府が大名・町人・宗教・外交・朝廷まで広く管理しようとした、家光政権初期の重要な時期といえます。

⇒ 江戸時代1620年(元和6年)から1624年(寛永元年)の出来事

⇒ 江戸時代1630年(寛永7年)から1634年(寛永11年)の出来事