江戸時代えどじだい初期の出来事を、1657年(明暦めいれき3年)から1662年(寛文かんぶん2年)まで年表形式でまとめています。この時期の将軍しょうぐんは第4代・徳川家綱とくがわいえつな、天皇は後西天皇ごさいてんのうです。1657年に起きた明暦の大火めいれきのたいかによって、江戸城えどじょうや市街地の大部分が焼失しました。幕府は被災者を救済するとともに、道路の拡張、寺社じしゃ武家屋敷ぶけやしきの移転、火除地ひよけちの設置、定火消じょうびけしの創設など、大規模な江戸の改造を進めます。両国橋りょうごくばしの架橋、本所ほんじょ深川ふかがわの開発、ごみを船で回収する制度など、後の巨大都市・江戸を支える仕組みが整えられていった時期でもあります。大きな出来事では、大火で焼けた江戸は、より広く、火災に備えた都市へ造り直された。

色分けの見方

  • 江戸・幕府:江戸幕府や江戸市中に関係する出来事
  • 地方・諸国:各地の藩・人物・地域に関係する出来事
  • 海外・外交:外国や対外関係に関係する出来事

1657年(明暦3年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

江戸の大部分を焼き尽くした明暦の大火が起こりました。幕府は被災者の救済を進める一方、江戸の町を火災に強い都市へ造り替えるため、大規模な区画整理くかくせいりに着手します。

1月

  • 江戸 18日、本郷丸山ほんごうまるやま付近から出火し、明暦の大火が始まる。翌19日にも小石川こいしかわ方面から火災が起こり、江戸城の天守てんしゅ本丸御殿ほんまるごてんをはじめ、武家屋敷・寺社・町人地の広い範囲が焼失した。
  • 江戸・幕府 20日、幕府が江戸市中6か所で、大火の被災者に粥を配る施粥せがゆを始める。施粥は2月12日まで続けられた。
  • 江戸・幕府 21日、火災後に米価が急騰したため、幕府が米の値段の上限を定める。
  • 江戸・幕府 23日、江戸城内に置かれていた尾張おわり紀伊きい水戸みと御三家ごさんけの屋敷を城外へ移すことが決められる。
  • 江戸 23日、儒学者の林羅山はやしらざんが75歳で亡くなる。
  • 江戸・幕府 25日、江戸市街の区画整理を予定していたため、被災者が建てる仮屋かりやを簡素なものにするよう命じる。
  • 江戸・幕府 27日、大目付おおめつけ北条氏長ほうじょううじながらに、江戸城内と江戸市中の総絵図そうえずを作るよう命じる。
  • 江戸・幕府 30日、火災で屋敷を失った旗本はたもとの被害状況を調査する。

明暦の大火は「振袖火事ふりそでかじ」とも呼ばれます。ただし、振袖を焼いた火が火災の原因になったという話は、後に広まった伝説と考えられています。

2月

  • 江戸・幕府 7日、江戸城御殿が焼失したため、越谷こしがやにあった御殿を江戸城二の丸へ移す。
  • 江戸・幕府 9日、幕府が旗本に倹約を命じ、諸大名には3年間、参勤交代さんきんこうたいの際に行う贈り物を減らすよう命じる。
  • 江戸・幕府 9日、江戸城の大規模な造営計画を延期し、大名や町人にも建物を簡素にするよう命じる。
  • 江戸・幕府 10日、被災した町人に救済金として15万両を与える。
  • 江戸・幕府 10日、江戸の復旧と道路整備を進めるため、龍ノ口たつのくち竹橋たけばし常盤橋ときわばし周辺などで屋敷地の割り直しを行う。
  • 江戸・幕府 17日、復興工事によって人夫や職人の賃金が急騰したため、賃金の上限を定める。
  • 江戸 27日、徳川光圀とくがわみつくにが神田の屋敷内に史局しきょくを設け、後の『大日本史だいにほんし』につながる歴史書の編纂を始める。
  • 江戸 29日、大火の犠牲者を埋葬するため、本所牛島新田うしじましんでん万人塚まんにんづかが築かれる。後にこの地に回向院えこういんが建てられた。
  • 江戸・幕府 この月、大坂おおさか駿府すんぷからそれぞれ銀1万貫目を江戸へ送り、被災者の救済に使う。

資料によって犠牲者数には大きな違いがあります。10万8000人余りとする記録がある一方、回向院の過去帳かこちょうに記された人数は約2万人とされています。

3月〜5月

  • 江戸・幕府 3月2日、幕府の評定所ひょうじょうしょを龍ノ口へ移す。
  • 江戸・幕府 4月、江戸の道路を広げ、下水溝げすいこうの大きさなどを定める。町屋の藁葺わらぶき・茅葺かやぶき屋根も禁止する。
  • 江戸・幕府 4月5日、日本橋通町にほんばしとおりちょうを田舎間10間、本町通を京間7間、ほかの主要道路を5間から6間ほどに広げる方針を定める。
  • 江戸・幕府 5月9日、江戸城の再建工事を始める。

道幅を広げたのは、人や荷物を通りやすくするためだけではありません。家から家へ炎が燃え移ることを防ぎ、火災の際に避難や消火をしやすくする目的もありました。

6月〜9月

  • 江戸 6月10日、霊巌寺れいがんじが霊巌島から深川へ移転する。
  • 江戸 7月18日、旗本の水野十郎左衛門みずのじゅうろうざえもんが、町奴まちやっことして知られた幡随院長兵衛ばんずいいんちょうべえを殺害する。
  • 江戸 8月15日、大火で焼失した江戸城二の丸御殿にのまるごてんが完成する。
  • 江戸 8月、吉原遊廓よしわらゆうかく浅草千束あさくさせんぞくへ移転する。以前の吉原と区別して「新吉原しんよしわら」と呼ばれた。
  • 江戸・幕府 9月、商人仲間による買い占めや価格の申し合わせ、職人仲間による賃金の申し合わせを禁止する。

吉原は、もとは現在の日本橋人形町付近にありました。しかし、江戸の町が広がるにつれて市街地の中心に近くなったため、浅草の北側へ移されました。

地方・諸国の出来事

  • 長崎 2月16日、明から来日した僧・即非如一そくひにょいつが、隠元いんげんの招きによって日本へ渡る。
  • 出羽 3月27日、山形城下やまがたじょうかで火災が起こり、民家600戸余りが焼失する。
  • 大坂 6月30日、大坂城に保管されていた白糸しらいとが呉服商らに払い下げられる。
  • 畿内 7月23日、隠元が京都・大坂・奈良・堺・大津で滞在し、説法する許可を得る。
  • 大坂 10月29日、強風のなかで大火が起こり、商家560戸余りが焼失する。
  • 肥前 11月15日、大村藩おおむらはんで多数のキリシタンが捕らえられる。郡崩れこおりくずれと呼ばれる事件の始まりとなった。
  • 加賀 この年、加賀藩かがはんが農政改革である改作仕法かいさくしほうを完成させる。

1658年(明暦4年・万治まんじ元年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

明暦の大火からの復興が続きました。火除地の設置や江戸定火消の創設など、火災を防ぎ、発生した火災を早く消すための制度が整えられます。

1月〜3月

  • 江戸 1月10日、本郷吉祥寺きちじょうじ付近から出火して大火となる。12日にも鷹匠町や本郷周辺で火災が起こる。
  • 江戸・幕府 1月18日、火災で被害を受けた大名に貸付金を出し、旗本や町人には救済金を与える。
  • 江戸 2月10日、神田川かんだがわのお茶の水付近で堀割ほりわりが完成する。
  • 江戸・幕府 2月17日、江戸の各町に対し、振売りふりうりを行っている商人を調べて報告するよう命じる。
  • 江戸 3月ごろ、各地に火除地が設けられる。

火除地とは、建物を置かずに空き地として残した場所です。火災の際に炎が燃え広がるのを防ぎ、避難場所や消火活動の場所としても利用されました。

6月〜8月

  • 海外・外交 6月24日、幕府が鄭成功ていせいこうからの援軍要請を断る。
  • 江戸・幕府 7月16日、隅田川に新しい橋を架けるよう命じる。この橋は翌1659年に完成し、両国橋と呼ばれるようになる。
  • 江戸・幕府 7月23日、明暦の大火などを理由として、元号が明暦から万治へ改められる。
  • 江戸 7月ごろ、本所村の土地を幕府が収公しゅうこうし、江戸市街を東側へ広げるための開発を進める。
  • 江戸・幕府 8月1日、江戸の屋敷について、地名・広さ・隣接する土地・地主・地代などを調査し、絵図を作るよう命じる。
  • 江戸・幕府 8月、キリシタン禁制の高札こうさつを立て、キリシタンを訴え出た者に与える褒賞金を引き上げる。

9月〜12月

  • 江戸・幕府 9月8日、幕府が江戸定火消を創設する。寄合旗本よりあいはたもと4人を火消役に任じ、それぞれに与力よりき6騎、同心どうしん30人を預けた。
  • 江戸 定火消の役屋敷が半蔵門外はんぞうもんがい・飯田町・伝通院前・お茶の水に置かれ、火の見櫓ひのみやぐらや太鼓、半鐘が備えられる。
  • 江戸 9月17日、黄檗宗おうばくしゅうの僧・隠元が江戸へ入り、湯島の天沢寺に滞在する。
  • 江戸 9月、日本橋が明暦の大火後初めて架け替えられる。
  • 江戸・幕府 10月28日、火災が起きた際の消火方法や、町人の避難場所を定める。
  • 江戸 11月1日、将軍家綱が江戸城で隠元に会う。
  • 江戸・幕府 12月3日、凶作や米不足に対応するため、江戸・京都・大坂・奈良などの酒造量を半分に減らすよう命じる。
  • 江戸・幕府 12月28日、宿場で用いる人馬に関する駅法えきほうを定め、助馬制度すけうませいどを整える。

定火消は、幕府直属の消防組織です。火の見櫓から町を見張り、火災を発見すると太鼓や半鐘で知らせ、与力や同心を率いて消火に向かいました。

地方・諸国の出来事

  • 対馬 3月、漂着した朝鮮の漁船2隻を朝鮮へ帰国させる。
  • 大和 4月27日、奈良・興福寺こうふくじ南円堂なんえんどうが造営される。
  • 東海・畿内 8月上旬、大風雨によって高潮たかしおや洪水が発生し、田畑や建物に大きな被害が出る。
  • 長崎・肥前 8月13日、長崎奉行が、大村藩で捕らえられたキリシタン603人の処刑について幕府へ報告する。
  • 加賀 10月12日、前田利常まえだとしつねが66歳で亡くなる。
  • 京都 12月19日、茶人の千宗旦せんのそうたんが81歳で亡くなる。
  • 伊勢 12月30日、伊勢神宮いせじんぐうの内宮が火災で焼失する。

1659年(万治2年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

明暦の大火後の江戸城本丸御殿が完成しましたが、天守は再建しないことが決められました。また、両国橋が完成し、本所・深川方面の開発が本格化します。

1月〜4月

  • 江戸・幕府 1月17日、江戸市中でたこを揚げることや、道端・門前に立って商売する辻立つじだち門立かどだちを禁止する。
  • 江戸・幕府 1月19日、高齢者や障害のある人の振売りを認め、鑑札かんさつを交付する。古着商・薬売り・髪結いにも鑑札を与える。
  • 江戸・幕府 1月20日、橋の両端に小屋を建てたり、薪などを積み置いたりすることを禁止する。
  • 江戸 1月、江戸城本丸御殿の復旧工事に着手する。
  • 江戸 3月1日、旗本・中条信慶ちゅうじょうのぶよしの奉公人が、かぶき者として捕らえられ、さらされた後に斬罪となる。
  • 江戸・幕府 3月、辻番つじばんは昼に2人、夜に4人が詰め、夜間は定期的に巡回することを定める。
  • 江戸・幕府 4月9日、営業に鑑札を必要とする商売の種類を定める。

6月〜9月

  • 江戸・幕府 6月23日、酒造量を半分に減らす酒造半減令しゅぞうはんげんれいを出す。
  • 江戸・幕府 6月、関所を通る女性の手形について、町奉行所へ申請し、南北両町奉行の印を受けるよう定める。
  • 江戸 7月2日、大風雨によって洪水が起こり、深川や両国の仮橋をはじめ、多くの橋が流される。浅草の米蔵も浸水した。
  • 江戸 8月3日、江戸城本丸御殿が完成する。
  • 江戸・幕府 8月21日、定火消を2組増設し、北の丸と駿河台に役屋敷を置く。
  • 江戸・幕府 8月26日、江戸城外郭の門に新たな門番を置く。
  • 江戸・幕府 9月1日、老中らが江戸城天守を再建しないことを決定する。
  • 江戸・幕府 9月5日、江戸城大奥や台所などに、火の用心と倹約を命じる。

江戸城の天守は、将軍の権威を示す巨大な建物でした。しかし、町の復興を優先するため再建されず、江戸城は天守を持たない城となりました。

11月〜12月

  • 江戸・幕府 11月2日、定火消が担当する区域を定める。
  • 江戸 12月13日、隅田川に両国橋が完成する。
  • 江戸・幕府 12月25日、玉川上水から水を引く武家屋敷に水道料を課し、上水の維持費にあてる。

両国橋の完成によって、江戸中心部と本所・深川方面の行き来が便利になりました。橋の東側では湿地を埋め立て、堀や道路を造り、武家屋敷や寺社を移すための土地が整えられていきます。

日付不明

  • 江戸 本所・深川・鉄砲洲てっぽうずの整備が進み、武家屋敷地として利用される。
  • 江戸 瓦曽根溜井かわらそねためいから水を引き、本所上水ほんじょじょうすいが開かれる。
  • 江戸 浅草寺門前町が寺社奉行の支配から町奉行の支配へ移る。
  • 江戸 玉川上水を分水し、烏山・船橋・経堂・若林などの農地を潤す烏山用水からすやまようすいが造られる。

地方・諸国の出来事

  • 京都 6月ごろ、隠元が黄檗宗の寺院造営を進める。
  • 長崎 7月14日、町人に貿易用の銭を鋳造することが許可される。
  • 大坂 9月、市中で宗旨改めしゅうしあらためを行う方法が定められる。
  • 対馬 12月27日、対馬城下で火災が起こり、1078戸が焼失する。
  • 長崎 この年、明の儒学者・朱舜水しゅしゅんすいが来日する。

1660年(万治3年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

江戸では再び大火が起こり、消防制度がさらに強化されます。本所の開発や河川・水路の整備も進み、江戸の市街地が東側へ広がっていきました。

1月〜3月

  • 江戸 1月14日、湯島天神ゆしまてんじん大門付近から出火し、民家2350戸が焼失する。中村座なかむらざ市村座いちむらざも焼ける。
  • 江戸・幕府 1月29日、薪商が河岸に薪を高く積み上げることを禁止する。
  • 江戸・幕府 2月3日、オランダ商館長が江戸へ参府する時期を、翌年から3月と定める。
  • 江戸・幕府 2月6日、明暦の大火後に禁止されていた瓦葺きかわらぶき屋根を、大名屋敷に限って許可する。
  • 江戸・幕府 2月9日、武家屋敷の敷地内に借家して住む町人を調査し、かぶき者を取り締まる。
  • 江戸 3月25日、徳山重政とくやましげまさ山崎重政やまざきしげまさ本所奉行ほんじょぶぎょうに任じ、本所の開発と町場化を進める。

5月〜8月

  • 江戸 5月、森田勘弥もりたかんやが木挽町に森田座もりたざを開き、歌舞伎興行を始める。
  • 江戸・幕府 5月24日、橋の上で振売りを行うことを禁止する。
  • 江戸 6月18日、小名木川おなぎがわから関宿せきやど方面へ続く水路を浚渫しゅんせつする。
  • 陸奥 7月18日、仙台藩主・伊達綱宗だてつなむねが素行不良を理由に処分される。後に幼い亀千代が家督を継ぎ、伊達騒動だてそうどうへつながっていく。
  • 江戸・幕府 8月5日、米価の高騰を受け、与力・同心に俸禄の一部を前貸しする。
  • 江戸 8月12日、品川・目黒付近に狼が出るとの情報があり、鉄砲方に追い払うよう命じる。

9月〜12月

  • 江戸・幕府 9月、酒造業を親戚へ譲り渡すことや、酒造道具を質に取った者が新たに酒造を始めることを禁止する。
  • 下総 9月28日、佐倉藩主・堀田正信ほったまさのぶが幕府の政治を批判し、無断で佐倉へ帰る。後に所領を没収され、改易かいえきとなる。
  • 江戸・幕府 11月18日、定火消をさらに2組増設し、田安・代官町・八重洲河岸などに役屋敷を置く。
  • 江戸・幕府 12月、大坂で行われる米取引の方法を定める。

日付不明

  • 江戸 本所・深川・駒込などに、野菜を扱う前栽市場せんざいいちばができる。
  • 江戸 玉川上水を四谷大木戸外で分水し、青山上水あおやまじょうすいを引く。
  • 江戸 亀戸に銭座ぜにざが設けられ、「文」の字を刻んだ寛永通宝かんえいつうほうが鋳造される。
  • 江戸 小梅瓦町や中之郷瓦町に、瓦を焼く職人が集まるようになる。
  • 江戸 俳諧の前句付まえくづけが行われ始める。

地方・諸国の出来事

  • 出羽 3月21日、米沢城下で火災が起こり、武家屋敷10戸余り、民家800戸が焼失する。
  • 大坂 6月18日、大坂城内の火薬庫に落雷し、爆発して炎上する。
  • 東海・関東・陸奥 8月中旬、大風雨によって各地で洪水が発生する。
  • 長門 9月14日、長州藩が藩内の基本法となる「当家制法条々とうけせいほうじょうじょう」33か条を定める。
  • 諸国 9月、各地で洪水が発生し、特に伊勢国で大きな被害が出る。
  • 加賀 この年、金沢の犀川大橋さいがわおおはしが架けられる。

1661年(万治4年・寛文元年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

京都の内裏だいりが焼失したことをきっかけに、元号が万治から寛文へ改められました。江戸では火災対策や本所の開発、夜間営業の規制など、都市生活を管理する制度がさらに細かくなります。

1月〜3月

  • 江戸 1月20日、神田鷹匠町付近から出火し、京橋方面まで延焼する。42町、787戸が被害を受け、木挽町の森田座も焼失した。
  • 江戸・幕府 2月9日、江戸近郊で禁止されていた住宅の新築が行われているとして、道奉行みちぶぎょうに調査を命じる。
  • 江戸・幕府 2月28日、大目付に江戸屋敷図の改訂を命じる。
  • 江戸・幕府 3月14日、火災の際に長持や道具類を両国橋の上や橋詰に置くことを禁止する。
  • 江戸・幕府 3月18日、町人が訴訟を行う際には、五人組ごにんぐみだけでなく名主も出頭するよう定める。
  • 江戸・幕府 3月22日、諸大名に対し、城米じょうまいの半分を大坂・大津・江戸浅草の米蔵へ運び入れるよう命じる。

4月〜8月

  • 江戸・幕府 4月25日、京都の内裏が焼失したことにより、元号が万治から寛文へ改められる。
  • 江戸 5月、本所周辺にある御家人屋敷の修築を本所奉行に命じる。
  • 江戸 5月、牛込上橋から筋違橋までの神田川について、堤防の管理方法を定め、堤に木を植えるよう命じる。
  • 江戸 6月6日、本所に新しい堀が完成し、小名木川の船番所ふなばんしょを中川口へ移す。
  • 江戸・幕府 8月27日、新しい評定所が完成し、評定始めが行われる。
  • 江戸・幕府 閏8月6日、諸大名に禁裏きんり再建の普請役ふしんやくを課す。
  • 江戸・幕府 閏8月9日、徳川家光の三男・徳川綱重とくがわつなしげを甲府25万石、四男・徳川綱吉とくがわつなよしを館林25万石に封じる。
  • 江戸・幕府 閏8月27日、問屋の訴えを除き、町人の売掛金をめぐる訴訟を原則として受理しないこととする。

9月〜12月

  • 江戸・幕府 9月18日、荷駄馬を引く口取くちとりが馬に乗ったまま江戸市中へ入ることを禁止する。
  • 江戸・幕府 10月、茶店や煮売り屋にうりやが夜遅くまで営業することや、夜中に火を使って煮物を売ることを禁止する。
  • 江戸 11月3日、浅草にあった塩硝蔵えんしょうぐらで、工事人夫の煙草の火から爆発が起こる。7人が死亡し、周辺の寺院や大名屋敷にも被害が出た。
  • 江戸・幕府 11月10日、将軍御台所みだいどころの費用を500両増やし、年額1000両とする。
  • 江戸 12月22日、歌舞伎の興行場所を堺町・葺屋町・木挽町五丁目・六丁目に限定する。

日付不明

  • 江戸 本所の開発にともない、横川通り中之橋付近に「時の鐘ときのかね」が設けられる。
  • 江戸 金平浄瑠璃きんぴらじょうるりが流行する。
  • 江戸・幕府 江戸市中で行う勧進相撲かんじんずもうを禁止し、勧進能かんじんのうは町年寄に届け出てから行うよう定める。

地方・諸国の出来事

  • 京都 1月15日、二条邸付近から出火し、内裏や公家屋敷くげやしきなどが多数焼失する。
  • 蝦夷地 4月、松前藩まつまえはんが蝦夷地の絵図を作る。
  • 陸奥 閏8月、会津藩主・保科正之ほしなまさゆき殉死じゅんしを禁止する。
  • 出羽 11月3日、山形藩主・松平忠弘まつだいらただひろが古城の修理を幕府へ願い出るが、修理ではなく破却を命じられる。
  • 京都 この年、浅井了意あさいりょういが明暦の大火を描いた『むさしあぶみむさしあぶみ』を刊行する。
  • 越前 この年、福井藩ふくいはんが藩札の一種である銀札ぎんさつを発行する。

1662年(寛文2年)の出来事

この年の将軍は徳川家綱、天皇は後西天皇です。

江戸では、若年寄わかどしよりの職務分担や町奉行の支配範囲が整えられました。また、町中のごみを幕府指定の船で回収する制度が始まり、都市の衛生管理が進みます。

1月〜3月

  • 江戸・幕府 1月、歌舞伎役者が唐織からおりの衣装を使うことや、馬・駕籠で外出することを禁止する。
  • 江戸・幕府 2月8日、定火消をさらに2組増設する。後に市谷万松院付近と駿河台に役屋敷を置く。
  • 江戸・幕府 2月22日、側衆の久世広之くぜひろゆき土屋数直つちやかずなおに旗本の支配を命じ、若年寄の職制を整える。
  • 江戸・幕府 2月24日、老中ろうじゅうと若年寄が担当する仕事の範囲を定める。
  • 江戸 3月16日、老中として幕政を支えた松平信綱まつだいらのぶつなが67歳で亡くなる。

5月〜7月

  • 江戸・幕府 5月9日、江戸市中のごみを幕府指定の塵芥船じんかいぶねで処理するよう定める。ごみ処理は一括請負制となった。
  • 江戸・幕府 5月19日、豊前小倉藩主・小笠原忠真おがさわらただざねに長崎の警備を命じる。
  • 江戸 6月、塵芥船が各町の河岸へ来る日を定める。日本橋より北側の町は毎月2日・12日・22日、南側の町は3日・13日・23日とされた。
  • 江戸 6月10日、将軍家綱が深川で幕府の大型船・安宅丸あたけまるを観覧する。
  • 江戸 7月12日、幕府の重臣・酒井忠勝さかいただかつが76歳で亡くなる。
  • 江戸・幕府 7月13日、町人が届け出をせずに乗り物を使うことや、若者が駕籠などに乗ることを禁止する。

塵芥船は、町から出たごみを河岸で積み込み、町の外へ運ぶ船です。人口が増えた江戸では、ごみを川へ勝手に捨てるだけでは処理できなくなり、決められた日にまとめて回収する仕組みが必要になりました。

8月〜11月

  • 江戸 8月24日、日本橋に京都の材木商・白木屋しろきやが小間物を扱う店を開く。後に白木屋は呉服商として発展した。
  • 江戸・幕府 10月13日、碁打ちと将棋指しを寺社奉行じしゃぶぎょうの管轄とする。
  • 江戸・幕府 11月7日、江戸城の門を小者・中間・農民・馬方などが馬に乗ったまま通ることを禁止する。
  • 江戸・幕府 11月10日、南北両町奉行所の同心をそれぞれ50人増やし、1組100人とする。
  • 江戸・幕府 11月14日、町奉行が支配する地域を拡大し、上野・下谷・浅草・芝などの町を新たに支配範囲へ加える。

江戸の文化

  • 江戸 1月6日、松飾りを取り外す日を1月16日から7日に改める。同時に左義長さぎちょうも禁止する。
  • 江戸 2月19日、亀戸天満宮かめいどてんまんぐうが創建され、本所地域の鎮守となる。
  • 江戸 2月、京都から来た右近源左衛門うこんげんざえもんが、市村座で「海道下りかいどうくだり」の独り狂言を演じ、評判になる。
  • 江戸 このころ、『寛文の江戸大絵図かんぶんのえどおおえず』が作られ、その後に作られる江戸図の基準となる。

地方・諸国の出来事

  • 長崎 1月、天然痘てんねんとうが大流行する。
  • 陸奥 2月、会津藩が預かっていた土地の百姓代表が、重税や役人の不正を訴える。
  • 京都 2月、儒学者の伊藤仁斎いとうじんさいが私塾「古義堂こぎどう」を開く。
  • 畿内 5月5日、大地震が発生し、二条城・亀山城・篠山城などに被害が出る。
  • 京都 5月29日、新しく造られた御所の絵画を担当した狩野探幽かのうたんゆう法印ほういんに任じられる。
  • 京都 5月、浅井了意の『江戸名所記えどめいしょき』が刊行される。
  • 大坂 この年、金銭売買を行う立会所が設けられる。
  • 大坂 この年、初代竹田近江掾たけだおうみのじょうが道頓堀に竹田芝居を開く。

1657年〜1662年は大火から江戸が造り直された時代

1657年から1662年までの江戸では、明暦の大火からの復興が最大の課題となりました。大火では江戸城や市街地の広い範囲が焼失し、多くの人が住居や財産を失いました。

幕府は、施粥や救済金によって被災者を助けるだけでなく、道路の拡張、屋敷地の移転、火除地の設置など、江戸の町そのものを造り替えました。吉原や多くの寺社も、町の中心部から周辺地域へ移されています。

1658年には江戸定火消が創設され、火の見櫓や半鐘を備えた消防拠点が置かれました。その後も定火消は増設され、火災を早く発見し、組織的に消火する仕組みが整えられます。

江戸城本丸御殿は1659年に再建されましたが、天守は再建されませんでした。巨大な天守を造るよりも、市街地の復興や被災者の生活を立て直すことが優先されたためです。

両国橋の完成と本所・深川の開発によって、江戸の市街地は隅田川の東側へ広がりました。湿地には堀や道路が造られ、武家屋敷・寺社・市場などが置かれていきます。

1662年には、ごみを塵芥船で回収する制度が定められました。これは、人口が増え続ける江戸で、火災だけでなく、ごみや水、交通、商売などを幕府が細かく管理するようになったことを示しています。

この時期は、明暦の大火という大災害をきっかけとして、江戸がより広く、火災に備えた都市へと造り直されていった時代といえます。

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徳川家光の晩年から徳川家綱の時代へ移り、慶安事件や玉川上水の整備が進んだ1650年から1656年までの出来事は、次の記事で紹介しています。