日本の朝食といえば、炊きたてのご飯に納豆。
醤油を垂らしてよく混ぜ、ご飯にかけて食べるのが現代の定番スタイルです。
しかし、この食べ方が定着したのは、長い江戸時代の終わりの方のこと。
それまでは、納豆はご飯にかけるものではなく、味噌汁に入れて「飲むもの」だったのです。
今回は、江戸っ子の朝の定番「納豆汁」と、いつから「納豆ご飯」に変わったのか、その歴史の変遷を紹介します。
江戸の朝は「納豆売り」の声で始まる
江戸の朝、路地裏にはこんな売り声が響いていました。
「なっと〜、なっと〜〜」
天秤棒を担いだ「納豆売り」は、江戸の朝の風物詩でした。
当時の納豆売りが売っていたのは、今のパック納豆のような「粒」ではありません。
包丁で細かく刻んだ「叩き納豆(たたきなっとう)」に、細かく切った「豆腐」や「野菜(青菜など)」を添えたセットでした。
主婦たちはそれを買い、味噌を溶いた汁に入れるだけで、簡単に栄養満点の「納豆汁」が作れたのです。
忙しい朝に便利な、江戸のファストフード的側面もあったようですね。

なぜ「納豆ご飯」ではなく「納豆汁」だったのか?
江戸時代の前期〜中期にかけて、納豆をご飯にかけなかった理由は2つあります。
- 醤油が高価だったから
まだ醤油が高級品だった頃、庶民の味方は「味噌」でした。
そのため、醤油をかけてご飯に乗せるより、味噌汁に入れるのが経済的でした。 - 冬の寒さをしのぐため
とろみのついた納豆汁は冷めにくく、体を芯から温めてくれます。
冷蔵庫がなく、夏場は納豆が腐りやすかったこともあり、納豆は主に「冬の食べ物」とされていたのです。
「納豆ご飯」ブームは江戸後期から!

では、いつから私たちはご飯に納豆をかけるようになったのでしょうか?
変化が起きたのは、天保年間(1830年代〜)だと言われています。
この頃になると、醤油の生産量が増えて庶民にも手が届くようになり、納豆も一年中作られるようになりました。
すると、わざわざ刻んで汁にする手間を省き、「粒納豆」に醤油をかけて、熱々のご飯に乗せて食べるスタイルが大流行。
これが江戸っ子の気質に合ったのか、一気に定番化しました。
こうして、幕末頃には「ご飯・味噌汁・納豆・漬物」という、現代に続く日本の朝食の黄金セットが完成したのです。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
今では一年中スーパーに並んでいる納豆や納豆汁ですが、俳句の世界では「冬の季語」に分類されています。
これは、かつて納豆汁が「寒さをしのぐための冬の料理」だった時代の名残です。
「納豆=冬」という感覚は、江戸時代の人々にとって常識だったんですね。
まとめ
江戸の庶民にとって、納豆は長い間「味噌汁に入れて飲む、冬のスープ」でした。
それが江戸後期、醤油の普及とともに「ご飯にかける」スタイルへと進化し、今の私たちの食卓につながっています。
寒い冬の朝には、あえて江戸風に、納豆を包丁で叩いてお味噌汁に入れてみてはいかがでしょうか?
とろっとした温かさが、体に染み渡りますよ。
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