サクサクの衣に、上品な味わい。
今の時代、お店で「天ぷら」を食べるとなると、カウンターで職人さんが一つずつ揚げてくれる高級なイメージがありますよね。
あるいは、定食屋さんのしっかりとしたメインディッシュという印象でしょうか。
しかし、江戸時代の天ぷらは全く扱いが違いました。
実は、屋台で立ったまま食べる「ジャンクフード」だったのです。

職人尽絵詞(国立国会図書館蔵)より
江戸の天ぷらは「ファストフード」だった
江戸時代、天ぷらは「寿司」「蕎麦」と並ぶ、江戸の三代屋台メシのひとつでした。
当時の屋台は、人が担いで移動できるくらいの簡易的な設備です。
そこで揚げたてを串に刺し、立ち食いでお客さんに提供していました。
現代で言えば、コンビニのレジ横にあるホットスナックや、お祭りの出店に近い感覚かもしれません。
「堅気」は食べない下世話な料理?
当時の天ぷらは、手軽で美味しい一方で、少し「下世話な食べ物」とされていました。
油の匂いが着物につくことや、立ったまま食べる行儀の悪さから、女性や武士などの「堅気(かたぎ)の人」はあまり食べなかったようです。
江戸初期の頃は、油を使った料理全般を「天ぷら」と呼んでいました。
それが寛政の改革(1790年頃)の時代になると、少し呼び分けが変わってきます。
- 天ぷら: 魚やエビなどの魚介類を揚げたもの
- 揚げ物(ごま揚げ): 野菜などを揚げたもの(精進揚げ)
ちなみに、お値段は魚の串が1つ4文程度。
現代の感覚だと100円もしない激安価格だったようです。
その後、庶民の工夫によって味も洗練されていき、ようやく料亭などでも出されるようになります。
しかし、高級店は幕府の「贅沢禁止」の政策によって潰されることもあり、天ぷらの地位が確立するまでには長い歴史が必要でした。
「天ぷら」の名前の由来は?
それにしても、「天麩羅(てんぷら)」という名前は変わった響きですよね。
漢字で書くとさらに不思議な感じがしますが、この語源には諸説あります。
有力なのは、外国語から来ているという説です。
- ポルトガル語説:
「調理する」という意味の「tempero(テンペロ)」から来た。 - スペイン語説:
カトリックの祭日(肉を断って魚を食べる日)である「templo(テンプロ)」から来た。 - オランダ語説:
「寺院・教会」を意味する「tempel(テンプル)」から来た。
いずれにせよ、南蛮貿易などを通じて入ってきた西洋の文化が、江戸の庶民の味として定着したのは間違いなさそうです。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
「山東京伝」が名付け親?
「江戸の有名作家・山東京伝(さんとうきょうでん)が名付けた」という面白い説もあります。
京伝の弟が書いた本には、「1781年(天明初年)に大阪から江戸に来た料理に、兄が名前をつけた」と記されています。
しかし、実はそれより前の安永10年(1781年1月)の芝居ですでに「天ぷら」という言葉が登場しています。
そのため、山東京伝が名付け親という説は、残念ながら可能性が低いと言われています。
有名人にあやかった「都市伝説」だったのかもしれませんね。
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参考文献







