現代の女性が、ヘアエクステやウィッグを使って髪型をアレンジするように、江戸時代の女性たちもおしゃれには敏感でした。

しかし、当時は化学繊維なんてありません。
では、足りない髪のボリュームをどうやって補っていたのでしょうか?

実は、他人の髪の毛(抜け毛)をリサイクルして作った「髢(かもじ)」というアイテムを使っていたのです。

今回は、江戸のヘアファッションを支えた、髪の毛専門の回収業者「おちゃない」について解説します。

この記事の要点

  • 江戸の女性は「髢(かもじ)」というつけ毛で髪を盛っていた
  • 材料は本物の人毛!「おちゃない」という業者が集めていた
  • 名前の由来は「(髪の)落ちはないか?」という売り声から
江戸時代の女性が化粧をする様子を描いた浮世絵
歌川国貞「金風化粧鏡」(部分)

なぜ江戸の女性は「つけ毛」が必要だった?

そもそも、なぜ髪を足す必要があったのでしょうか。
それは、男女の髪型のルーツの違いに関係しています。

男性の「髷(まげ)」は実用性重視

男性の髷スタイル、特に頭のてっぺんを剃り上げる「月代(さかやき)」は、戦国時代に生まれました。

兜(かぶと)をかぶった時に頭が蒸れないよう、熱を逃がすための隙間を作ったのが始まりです。
つまり、男性の髪型は「実用性」から始まっているため、自分の髪だけで十分結うことができました。

女性の「日本髪」は芸術性重視

一方、平和な江戸時代が続くと、女性の髪型はどんどん複雑で芸術的になっていきました。

島田髷(しまだまげ)や勝山髷(かつやままげ)など、大きく結い上げてボリュームを持たせるスタイルが流行すると、どうしても自前の髪だけでは量が足りなくなります。

そこで使われたのが、「髢(かもじ)」と呼ばれる部分用ウィッグ(つけ毛)です。
短い髪や薄い部分にこの「かもじ」を足すことで、華やかな日本髪を完成させていたのです。

髪を集める仕事「おちゃない」

当時は人工毛がありませんから、「かもじ」の材料はすべて人間の髪の毛(人毛)です。

では、その髪を誰が集めていたのか?
そこで登場するのが、「おちゃない」と呼ばれる回収業者でした。

名前の由来は「落ちはないか?」

彼女たちは町中の家々を回り、こう声をかけて歩きました。

「おちゃない〜、おちゃない〜」

これは、「(髪の)落ちはないか?」、つまり「落ちている髪の毛はありませんか?」という言葉がなまったものだと言われています。

女性たちが髪を梳(と)いた時に抜けた毛や、切った髪の毛を買い取り、それを専門の「毛屋(けや)」に売って加工し、「かもじ」として再生させていたのです。

儲からないけど大事な仕事

「おちゃない」は、重い荷物を運ぶような重労働ではありません。
そのため、力の弱い女性や、お年寄りが主に行っていました。

ただ、髪の毛一本一本は非常に軽いため、換金できるだけの量を集めるのは大変です。
一日歩き回ってもそれほど大きな稼ぎにはならない仕事でしたが、それでも江戸の女性たちの「美」を支える重要なリサイクルシステムでした。

💡 やさしい江戸案内の雑学メモ

江戸は究極のリサイクル社会

傘の古骨や古紙、そして人間の「抜け毛」までも。
江戸の町には「ゴミ」という概念がほとんどなく、ありとあらゆるものが回収・再生されていました。

現代で言う「循環型社会(エコシステム)」を、江戸っ子は当たり前のように実践していたのですね。

まとめ|抜け毛も無駄にしない美への執念

現代なら掃除機で吸って捨ててしまう「抜け毛」でさえ、江戸時代には立派な商品でした。

それを集める「おちゃない」と、それを使っておしゃれを楽しむ女性たち。
江戸の町は、隅々まで無駄のないエコシステムで回っていたのです。

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参考文献