「銀シャリ」という言葉があるように、真っ白なご飯は江戸っ子にとって憧れであり、最高の贅沢でした。
しかし、当時の庶民が食べていたのは、今の私たちのような「炊きたての白米」ばかりではありません。
そこには、当時の「お米の保存事情」と、それを乗り越えるための「美味しい工夫」がありました。
今回は、江戸時代後期に爆発的に増えた「料理本」の中から、当時の人々が愛したユニークなご飯レシピと、その背景にある食文化を紹介します。
1800年頃、「ご飯専門」の料理本が大ブームに
江戸時代後期(1800年頃〜)になると、庶民の間で空前の「料理本ブーム」が巻き起こりました。
中でもユニークなのが、杉野権右衛門が大阪で出版した『名飯部類(めいはんぶるい)』です。
写本しか残っていませんが、この本にはなんと148品目もの「ご飯料理」だけが紹介されており、そのうち33品目は寿司料理というマニアックぶりです。
他にも、農村の食材を使った『万家至宝都鄙安逸伝(ばんかしほうとひあんいつでん)』や、鯛料理を網羅した『鯛百珍料理秘密箱』など、多くのレシピ本が登場しました。
なぜ料理本が流行ったのか?
これには2つの大きな理由があります。
- 識字率の向上: 寺子屋の普及により、多くの庶民が文字を読めるようになったこと。
- 貸本屋(かしほんや)の存在: 当時、本は高価でしたが、安く本を借りられる「貸本(レンタルブック)」の仕組みがあったこと。
文字が読めて、本が手に入る。この環境が江戸の食文化を一気に開花させたのです。
「汁かけ飯」が多かった切実な理由
これらの料理本を見て気づくのは、「出汁(だし)や味噌汁をかけて食べる料理」が非常に多いことです。
『鯛百珍〜』に出てくる「鯛飯」なども、炊き込みご飯ではなく、鯛の身を乗せて出汁をかけるスタイルが多く見られます。
現代なら「行儀が悪い」と言われそうな食べ方ですが、これには当時の切実な事情がありました。

古米を美味しく食べる知恵
当時は米の温度管理などできません。
精米して保管していたお米は、半年もしないうちに劣化して「古米(こまい)」になり、独特の酸味や臭いが出てしまいます。
そのままでは美味しくないお米を食べるために、味噌や濃い出汁をかけて臭いを消し、サラサラとかきこむ。
江戸の「汁かけ飯」や「雑炊」文化は、古くなったお米を無駄にせず、最後まで美味しく食べるための知恵だったのです。
名前もユニーク! 江戸のアイデアご飯
では、実際に料理本などで紹介されていた、ユニークなご飯料理をいくつか紹介しましょう。
干し大根飯(ほしだいこんめし)
ご飯が炊きあがる直前に「干し大根(切り干し大根)」を入れて蒸らします。
食べるときには、とろろ昆布と熱々の味噌汁をかけて。
干し野菜の旨味と昆布の出汁が米に染み渡る、素朴ながら贅沢な一品です。
蛍飯(ほたるめし)
名前がとても風流な雑炊料理です。
出汁で雑炊(ぞうすい)を炊いてから味噌で味を調え、刻んだ青菜を加えてひと煮立ちさせます。
仕上げに「七味唐辛子」をパラリとかけて完成。
青菜や唐辛子の彩りが、夜に舞う蛍のように見えたのかもしれません。
蕎麦飯(そばめし)
現代の神戸名物(焼きそば×ご飯)とは全く別物です。
お米と「麦蕎麦(むぎそば)」を合わせて炊き上げ、濃いめの出汁をかけて食べる料理。
穀物の香ばしさが際立つ、江戸風のブレンド飯です。
韮雑炊(にらぞうすい)
こちらは超スピードメニュー。
水洗いしてぬめりを取ったご飯を出汁で煮立て、味噌を溶き入れ、最後に刻んだ「韮(ニラ)」を入れるだけ。
ニラのスタミナたっぷりで、風邪気味の時などに良さそうな一杯です。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
有名な「始めちょろちょろ中パッパ…」というご飯の炊き方も、実は江戸時代の文献『理言集覧』にある「始めひょろひょろ、中くわっくわっ、親が死ぬとも蓋とるな」という言葉がルーツだと言われています。
お米を美味しく食べるために、火加減を研究し、レシピ本を読み漁る。
江戸っ子の食への探究心は、現代の私たちにも負けていませんね。
まとめ
江戸時代、お米は通貨代わりになるほどの貴重品。
しかし保存技術が未熟だったため、庶民はいかに古米を美味しく食べるか、知恵を絞りました。
出汁や味噌を駆使した様々な「汁かけご飯」は、そんな工夫から生まれた日本のファストフードだったのです。
あわせて読みたい江戸の食文化
ご飯のお供ではなく、汁物の主役だった納豆。江戸の朝食事情はこちら。
白米に合うおかずの代表格、鍋料理。ネギとマグロの絶品鍋も江戸っ子の大好物でした。
参考文献
- 原田信男『江戸の食文化 和食の発展とその背景』(小学館/江戸文化歴史検定参考図書)
- 歴史の謎を探る会 編『江戸の食卓―おいしすぎる雑学知識』(河出書房新社)






