秋から冬にかけての風物詩といえば、ホカホカの「焼き芋」ですよね。
今ではスーパーや移動販売車で手軽に買えますが、江戸時代には「ある特定の職業の人」しか売ってはいけないルールがありました。

その職業とは、町の入り口を守るガードマン「木戸番(きどばん)」です。

今回は、火気厳禁の江戸の町で、なぜ彼らだけに「焼き芋販売の特権」が与えられたのか、その裏事情について解説します。

この記事の要点

  • 江戸の焼き芋屋は、町の門番「木戸番」の副業だった
  • 火事に厳しい江戸で、唯一「火の使用」を許可された特権
  • 本業の給料が激安なため、生活雑貨も売る「コンビニ」化していた
歌川広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」
歌川広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」(左下に「○やき」の看板が見える)

町のガードマン「木戸番(きどばん)」とは?

江戸の町は、防犯のために細かい区画に分けられていました。
その町ごとの入り口に設置された門が「木戸(きど)」です。

この門の開け閉めと監視を行うのが、「木戸番」あるいは「番太郎(ばんたろう)」と呼ばれる管理人たちでした。

【木戸番の主な仕事】

  • 門の開閉: 明け六ツ(朝6時頃)に開け、夜四ツ(夜10時頃)に閉める。
  • 通行人の監視: 怪しい浪人や盗賊が町に入らないよう見張る。

いわば、現代のマンションの管理人と警備員を兼ねたような仕事です。

なぜ焼き芋販売が「特権」だったのか?

そんな彼らの小屋からは、冬になると甘くて香ばしい匂いが漂ってきました。
それが「焼き芋」です。

実は、江戸の町中で火を使って焼き芋を作って売ることは、木戸番(と橋番)にしか許されていない特権でした。

理由は大きく2つあります。

1. 火事への警戒

「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど、木造家屋が密集する江戸は火災に敏感でした。
特に乾燥する冬場に、誰でも彼でも道端で火を焚いて商売をはじめたら大変なことになります。

そこで、普段から「火の番(火災監視)」も仕事としている木戸番にだけ、「お前たちなら管理できるだろう」と特別に火の使用許可が出されたのです。

2. 安すぎる給料の補填

もう一つの切実な理由は、彼らの給料の安さです。

木戸番の給料は非常に低く、それだけでは生活できませんでした。
そのため幕府や町は、彼らが番屋(詰所)で商売をすることを公認していたのです。

番屋は江戸の「コンビニ」だった

焼き芋以外にも、木戸番は様々なものを売っていました。

  • 日用品: 蝋燭(ろうそく)、鼻紙、糊(のり)、箒(ほうき)
  • 履物: 草履(ぞうり)、わらじ
  • 食品: 駄菓子、焼き芋

24時間(夜間は木戸が閉まりますが)誰かがいて、生活必需品や温かい食べ物が買える。
木戸番の小屋は、まさに江戸時代のコンビニエンスストアのような存在だったのです。

「橋番」も同じく焼き芋屋に

木戸番と同じく、橋のたもとで監視を行う「橋番(はしばん)」も、焼き芋販売を許されていました。

記事の冒頭で紹介した浮世絵(広重の『びくにはし雪中』)を見てみてください。
雪景色の橋のたもとにある小屋に、「○やき(まるやき)」と書かれた看板が出ています。

これは「さつま芋の丸焼き」、つまり焼き芋屋さんであることを示しています。
寒い冬、通行人にとってこの看板はオアシスのように見えたことでしょう。

💡 やさしい江戸案内の雑学メモ

砂糖いらずの「庶民のケーキ」

江戸時代、砂糖はまだまだ高価な輸入品・高級品でした。
そんな中、焼くだけでデンプンが糖に変わり、驚くほど甘くなるサツマイモは、庶民にとって最高のご馳走(スイーツ)でした。

「栗(九里)より美味い十三里」という言葉が流行るほど、焼き芋は江戸っ子たちに愛されていたのです。

まとめ|特権は「信頼」と「救済」の証

木戸番が焼き芋を売れたのは、単なる偶然ではありません。

「火事を防ぐプロとしての信頼」と、「薄給でも町の安全を守ってくれる彼らへの救済措置」。
この2つが重なって生まれた、江戸ならではの合理的なシステムだったのです。

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参考文献