江戸の握り鮨は、屋台でさっとつまめる手軽な食べ物として広まりました。
一つ四文、八文ほどで食べられ、仕事の合間や夜の小腹を満たす軽食として、江戸っ子に親しまれていきます。
しかし、江戸の鮨は一年中同じように売れていたわけではありません。
冷蔵庫のない時代、魚介の扱いは季節に大きく左右されました。
暑い時期には傷みやすく、冬には売れ行きが落ちることもあったようです。
江戸の鮨を知るには、ネタや値段だけでなく、季節との関係も見る必要があります。
江戸の鮨は季節に左右された
現代の寿司屋では、冷蔵や冷凍、流通の発達によって、一年中さまざまなネタを食べることができます。
しかし、江戸時代には冷蔵庫がありません。
魚介は、獲れた場所や季節、気温によって扱いやすさが大きく変わりました。
江戸前の海で魚が獲れても、そのまま長く保存することはできません。
鮨職人は、酢でしめる、醤油に漬ける、煮る、茹でるといった仕事をして、魚介をおいしく食べられるようにしました。
それでも、季節の影響を完全になくすことはできません。
江戸の鮨は、自然の条件とかなり近いところにあった食べ物だったのです。
江戸前ずしの仕事については、江戸前ずしの「仕事」とは何か|冷蔵庫のない時代の工夫で詳しく紹介しています。
鮨は夏の方が食べやすかったのか
鮨は酢を使う食べ物です。
酢飯の酸味は、さっぱりしていて、暑い時期にも食べやすい味です。
魚を酢でしめたり、醤油に漬けたりする工夫も、傷みやすい季節には重要でした。
そのため、江戸の鮨には、暑い季節に合う軽食という面もありました。
屋台で二つ三つつまめる鮨は、重い食事を避けたい時期にも向いていたでしょう。
ただし、夏は魚が傷みやすい時期でもあります。
だからこそ、江戸前ずしでは、生魚をそのまま出すだけではなく、酢〆や煮物、茹で物、ヅケなどの仕事が大切になりました。
冬になると鮨の売れ行きが落ちた
資料には、江戸では冬場になると鮨の売れ行きが落ちたという話があります。
これは少し意外かもしれません。
冬の方が魚は傷みにくく、保存の面でも便利に思えます。
しかし、寒い中で冷たい酢飯や魚の鮨より、温かい食べ物が求められたのでしょう。
蕎麦、鍋、汁物、焼き物のように、体を温める食べ物が好まれる季節でした。
屋台で立ち寄って食べるなら、寒い夜に冷たい鮨をつまむより、温かい蕎麦や汁気のある食べ物に気持ちが向いたのかもしれません。
江戸の鮨は、手軽な食べ物である一方、季節によって売れ方が変わる商売でもありました。
鮒の昆布巻を一緒に売った鮨屋
冬に鮨の売れ行きが落ちると、江戸の鮨屋では十月以降、鮒の昆布巻を作り、鮨とともに売ったそうです。
鮒の昆布巻は、鮨とは違い、煮て味を含ませる料理です。
冷たい鮨だけでは売れにくい時期に、保存がしやすく、季節にも合う品を一緒に売る。
売れなくなる鮨の代わりの商品を売っていました。
鮨屋だからといって、鮨だけを売っていたわけではありません。
季節に合わせて、客が求めるものを加える。
江戸の食べ物商売も、今と変わらず季節に合わせていました。
鮨屋の仕事は朝から忙しかった
江戸の鮨屋は、ただ客の前で握るだけではありませんでした。
朝から飯を炊き、酢飯を仕込みます。
河岸から魚介を仕入れ、ネタに合わせて下ごしらえをします。
小鰭をしめる。
穴子を煮る。
海老を茹でる。
玉子を焼く。
マグロを漬ける。
こうした仕事があって、ようやく屋台や店で鮨を出せます。
冬には、そこに鮒の昆布巻のような別の商品も加わったのでしょう。
江戸の鮨屋は、季節に合わせて仕込みも商売も調整する、かなり忙しい仕事だったと考えられます。
鮨ネタにも季節感があった
江戸の鮨ネタには、季節を感じさせるものもあります。
白魚は、春の印象が強い魚です。
小鰭も、成長段階や季節によって味わいが変わります。
海老や貝類も、時期によって扱いが変わったでしょう。
現代の寿司屋でも、旬のネタを楽しむ感覚があります。
江戸の鮨では、冷蔵や流通の制約が大きかった分、季節との結びつきはさらに強かったはずです。
いまよりも、獲れる時期、傷みやすさ、客の好みが、そのまま鮨屋の商売に影響していました。
江戸の鮨ネタについては、江戸の鮨ネタ一覧|玉子・白魚・小鰭・穴子・海老・マグロでもまとめています。
冷たい鮨と温かい食べ物
江戸の屋台には、鮨だけでなく、蕎麦、天ぷら、鰻、団子、汁粉など、さまざまな食べ物がありました。
季節によって、客が求めるものも変わります。
暑い時期には、さっぱりした鮨が食べやすい。
寒い時期には、温かい蕎麦や汁粉の方がうれしい。
こうした変化は、江戸の屋台商売もあわせていかなければなりません。
鮨屋が冬場に鮒の昆布巻を売ったりと、江戸の外食が季節に合わせて売るものがかわっていました。
江戸の外食文化については、鮨屋は蕎麦屋より多かった?|江戸の町に広がった外食文化も参考になります。
保存の工夫
江戸前ずしの仕事には、保存の工夫が多くあります。
酢でしめる。
醤油に漬ける。
煮る。
茹でる。
これらは、冷蔵庫のない時代に、魚介を傷みにくくし、おいしく食べるための工夫でした。
しかし、鮨屋の工夫はそれだけではありません。
季節によって売れ方が変わるなら、売るものも変える必要があります。
屋台鮨も季節の影響を受けた
江戸の握り鮨は、屋台で二つ三つつまむ軽食として広まりました。
屋台の食べ物は、人通りや天気、季節の影響を受けます。
夏にビールの売り上げが増えるように、鮨に時期というものがあります。
暑い季節には、酢飯のようなさっぱりしたものが求められ鮨が売れましたが、魚の扱いは難しくなります。
寒い季節には、保存しやすくなる一方、冷たい鮨は売れなくなりました。
鮨屋台は一年を通して、難しい商売だったようです。
江戸の屋台鮨の値段や食べ方については、江戸の鮨屋台はいくらだったのか|一つ四文でつまむ庶民の味で紹介しています。
現代の寿司との違い
現代の寿司は、季節を楽しむ料理でありながら、一年中かなり安定して食べられます。
マグロ、サーモン、エビ、イクラ、玉子など、季節を問わず並ぶネタも多くあります。
しかし、江戸の鮨はもっと季節に近い食べ物でした。
魚介の獲れ方、気温、保存のしやすさ、客の食べたいもの。
それらに大きく影響されながら商われていました。
冬に鮨の売れ行きが落ちたという話は、現代の寿司からは見えにくい、江戸の鮨の生活感を伝えています。
現代の寿司との違いは、江戸時代の鮨は現代と何が違うのか|大きさ・値段・ネタ・食べ方でも整理しています。
江戸の鮨は暮らしに近い食べ物だった
江戸の鮨は、町の暮らしに近い食べ物でした。
屋台で売られ、仕事の合間に食べられ、夜の小腹を満たしました。
同時に、季節によって売れ行きが変わり、冬には別の商品を加えることもありました。
これは、江戸の鮨が自然や暮らしの変化とともに変化しました。
現代のように、いつでも同じものを安定して食べられるわけではありません。
その不安定さの中で工夫していたところに、江戸の食文化の面白さがあります。
まとめ
江戸の握り鮨は、屋台でさっと食べられる手軽な食べ物でした。
しかし、一年中同じように売れたわけではありません。
冷蔵庫のない時代、魚介の扱いは季節に左右され、客の好みも気温によって変わりました。
冬場には鮨の売れ行きが落ちたため、江戸の鮨店では十月以降、鮒の昆布巻を作り、鮨とともに売ったといわれます。
これは、江戸の鮨屋が季節に合わせて商売を工夫していたことを示しています。
江戸前ずしの魅力は、酢〆やヅケ、煮穴子のような職人の仕事だけではありません。
季節を読み、客の暮らしに合わせて売り方を変える。
そこにも、江戸の鮨文化の面白さがあります。
江戸の鮨シリーズ全体を読みたい場合は、江戸の鮨シリーズ一覧|江戸前ずしをやさしく読むにまとめています。
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