トウモロコシおいしいですよね。
特に焼きトウモロコシが美味しいと思うのです。
そんなトウモロコシは原産地域が分からない植物で、あの見た目からはわかりずらいですがイネ科だったりもします。
美味しいトウモロコシが日本に入ってきたのは1579年(天正7年)にポルトガル人によって持ち込まれました。
当時入ってきたのはフリントコーン(硬粒種)と呼ばれるトウモロコシは水の少ないお米が作りづらい四国や九州地方の山岳地域に貴重な食料として普及していきます。
そんなトウモロコシは江戸でも売られるようになります。販売は焼きトウモロコシを露店や売り歩きで販売され、春の花見や吉原を見学に来ている客を相手に販売していました。
江戸時代は甘い砂糖は高級品なので、甘い食べ物はかなり限られています。そんな状況で焼けば甘みを感じるトウモロコシは人気のある食べ物で、吉原の遊女にも人気だったようです。
焼いた時の香ばしい匂いはおやつ代わりに食べていました。当時は今の屋台で販売している焼きトウモロコシは醤油の焦げた香ばしい匂いではなく、トウモロコシが焼けた素朴な匂いが食欲を誘ったのでしょう。
おまけ
トウモロコシの原産地域が分からないとは言われていますがメキシコ、グアテマラ等の中南米付近あたりのテオシントという植物ではないかといわれています。
日本に入ってくるまでに、航海時代でヨーロッパ人が1492年にアメリカ大陸を発見してそれからトウモロコシの発見されヨーロッパを経て日本に入ってきました。
時間としては200年という間に世界をほぼ一周したことになると考えるなかなか面白いですね。
トウモロコシは地域で様々な呼び方をされています。広がっていくうちにあぶりき、さつまきび、とうきび、唐黍(トーキビ)など多様な呼び方をされています。
広い地域で使われていたのが『とうきび』ですが唐という文字が付くのは、外国から入ってくるものに対して取りあえず中国から入ってきたものだと思いっている名前を付けることが多くありました。
今はトウモロコシの糖度は20を超えるという果物でもなかなかでない甘さになっています。
明治になってから品種改良がひたすら繰り返された結果の糖度としての20度なのですが日本に最初に入ってきたフリントコーン(硬粒種)はコーンスターチ(※1)を作るために使われていて食用では使われていません。
※1コーンスターチ
トウモロコシから処理され、作られたデンプンでビールの原材料でよく登場する。