現代では、スマホで注文すれば食事が届く「ウーバーイーツ」や、オフィス街に来る「キッチンカー」が当たり前ですよね。

実は江戸時代にも、店舗を持たずに商品を売り歩く、巨大な「移動販売ネットワーク」が存在しました。

それが今回紹介する「棒手振り(ぼうてふり)」という職業です。

落語『芝浜』の主人公も行っていた、江戸の物流を支える商売のリアルについて解説します。

この記事の要点

  • 「棒手振り」はお店を持たない移動販売のプロ
  • 野菜・魚から、虫・風鈴まで何でも売っていた
  • 誰でも即開業できるが、その日の暮らしはギリギリだった
天秤棒を担ぐ魚売りの棒手振り
天秤棒を担いで魚を売る棒手振り

「棒手振り」とは? 元手ゼロでの起業

棒手振りとは、その名の通り「天秤棒(てんびんぼう)」を肩に担ぎ、前後のカゴに荷物を載せて売り歩く商人のことです。

落語の『芝浜』では、酒好きの怠け者な亭主が、妻に叩き起こされて魚河岸で仕入れをし、町へ売りに出かけるシーンが描かれています。

この商売の最大の特徴は、「体ひとつと棒一本あれば、誰でもすぐ始められる」こと。

立派なお店(店舗)を構える資金がなくても、市場で安く仕入れて高く売れば、その日の現金(日銭)が手に入ります。
そのため、職を失った人や、地方から出てきたばかりの人が最初に就く仕事としても一般的でした。

野菜から鈴虫まで! 江戸の「動くコンビニ」

彼らが扱っていた商品は、驚くほど多種多様でした。

  • 食材: 野菜、魚、豆腐、納豆、シジミ、唐辛子
  • 調味料: 醤油、塩、味噌
  • 日用品: 箒(ほうき)、ザル、花
  • 季節もの: 金魚、風鈴、鈴虫、朝顔

さらに、独身男性が多かった江戸の町では、料理の手間を省くための「お惣菜(煮豆や煮魚など)」を売る人もいました。

まさに、向こうからやって来てくれるコンビニエンスストアのような存在だったのです。

「人間時計」と呼ばれた正確なルーティン

棒手振りたちは、ただ適当に歩き回っていたわけではありません。

彼らの多くは、毎日決まったルートを、決まった時間に回っていました。
そうすることで、「あ、いつもの魚屋が来たから夕飯の支度をしよう」と、固定客がついたからです。

江戸ではこんな川柳が詠まれたほどです。

「先々の 時計になれや 小商人」

雨の日以外は正確に現れる彼らの売り声は、江戸っ子にとって時計代わりになるほど生活に密着していました。

実は「許可制」? ギリギリの懐事情

誰でもできる商売とはいえ、一応幕府による「許可制(鑑札が必要)」となっていました。

しかし、棒一本でできる気楽さから、無許可で商売を始める「モグリ」の業者も後を絶たず、幕府は何度も制限令を出していたようです。

売上はあっても生活はカツカツ

では、彼らは儲かっていたのでしょうか?

扱う商品にもよりますが、一般的な棒手振りの稼ぎは、1日8,000円〜1万円程度(現代換算)だったと言われています。

ここから商品の仕入れ代や、草鞋(わらじ)代などを引くと、手元に残る利益はわずか。
大工などの専門職(日当13,000円以上)に比べると、その日の食事をして寝るのがやっとという、自転車操業に近い生活でした。

それでも、気ままに商売ができる棒手振りは、江戸の庶民にとってなくてはならないセーフティーネット(雇用の受け皿)でもあったのです。

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季節を変えて商売替え?

棒手振りの面白いところは、季節によって売るものを変える人がいたことです。

例えば、落語に登場する若旦那のように、
「夏は涼しげな鈴虫や金魚を売り、冬になれば温かいうどんを担いで売る」
といった具合です。

季節のニーズに合わせて商材を変える柔軟さは、現代のビジネスマンも見習うべき点かもしれませんね。

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参考文献