江戸時代初期の出来事を、1640年(寛永17年)から1644年(寛永21年・正保元年)まで年表形式でまとめました。
この時期は、江戸幕府が貿易・宗教・農村・大名統制をさらに細かく管理していく時期です。 オランダ商館の出島移転、洋書輸入の禁止、寛永の大飢饉、田畑永代売買禁止令、ブレスケンス号事件、正保郷帳の作成など、幕府の統治が制度として定着していく流れが見えてきます。
大きな合戦は少ない時期ですが、江戸幕府が国内と海外の両方をどう管理していったのかを見るうえで重要な時代です。
色分けの見方
- 江戸・幕府:江戸幕府や徳川家に関係する出来事
- 地方・諸国:各地の大名・城・人物・地域に関する出来事
- 海外・外交:海外貿易や外国との関係に関する出来事
1640年(寛永17年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 ポルトガル船への厳しい対応や、江戸城本丸の再建などが起こります。
1月
- 江戸 13日、幕府が旗本に倹約令を出す。
- 下総 下総国関宿から武蔵国金杉までの水路工事に着手する。
4月
- 江戸 5日、江戸城本丸が再建され、将軍家光が西の丸から本丸へ移る。
6月
- 江戸 幕府が江戸の髪結床に鑑札を渡す。
- 江戸 12日、幕府が宗門改役を設置する。
- 江戸 26日、御家騒動の責任により、播磨国山崎藩主・池田輝澄と高松藩主・生駒高俊が改易される。
- 蝦夷 13日、松前内浦岳の噴火が起こる。
- 長崎 16日、ポルトガル船が通商再開を求めて来航するが、幕府は船を破壊し、乗員を処刑する。
9月
- 肥前 26日、平戸オランダ商館にあった西暦年号入りの倉庫が破壊される。
12月
- 江戸 1日、四谷から出火し、数百町が焼ける。
- 江戸 22日、幕府が長州藩など7藩に新銭鋳造の中止を命じる。
日付不明
- 江戸 品川でキリシタン70名前後が処刑される。
- 若狭 小浜藩で村惣代が年貢の引き上げに反対する。松木長操騒動である。
1641年(寛永18年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 平戸のオランダ商館が長崎の出島へ移り、幕府の貿易管理がさらに強まります。
1月
- 江戸 泉岳寺が桜田から芝高輪へ移転する。
- 江戸 29日、京橋桶町から出火し、1924軒が焼失する。桶町火事である。
2月
- 江戸 7日、『寛永諸家系図伝』の編纂が始まる。
- 江戸 8日、福岡藩主・黒田忠之が、ポルトガル船来航への対策のため参勤を停止する。
3月
- 陸奥 15日、会津藩家臣・堀主水と藩主・加藤明成の争いが幕府へ提訴される。会津騒動である。
- 肥後 17日、熊本藩主・細川忠利が56歳で亡くなる。家臣19名が殉死した。
殉死とは、主君のあとを追って自殺することです。
5月
- 江戸 10日、幕府が他領に長く住む者の人返しを禁止する。
- 長崎 17日、平戸のオランダ商館が長崎の出島へ移転する。
6月
- 出羽 2日、米沢藩が寛永御条目を制定する。
7月
- 江戸 5日、幕府がオランダ船の白糸に糸割符を適用する。
8月
- 江戸 20日、幕府が風俗踊りや奢侈を禁止する。
奢侈とは、度を超えた贅沢のことです。
9月
- 江戸 幕府が洋書の輸入を禁止する。ただし、医療・天文・航海に関する書物は例外とした。
日付不明
- 江戸 春ごろ、木場、つまり貯木場が日本橋から深川へ移転する。
- 江戸 江戸川を開削する。
- 備前 岡山藩主・池田光政が花畠教場を建てる。
- 伊勢・伊賀 前年の凶作の影響で自殺者が多数出たため、津藩は自殺者が出た村の庄屋を処刑すると布達する。
花畠教場は、岡山城下に建てられた学校です。
1642年(寛永19年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 寛永の大飢饉が広がり、幕府は農村や米価、酒造、タバコ栽培などへの統制を強めます。
2月
- 陸奥 1日、仙台藩が幕府から、奥州に潜伏しているキリシタンの調査を命じられる。
3月
- 江戸 京橋に狂言座「山村座」が開設される。
- 江戸 26日、幕府が佐賀藩に長崎警固番を命じる。
5月
- 江戸 幕府が諸国に巡見使を派遣する。代官や旗本に飢饉対策を命じ、農村での酒造も禁止する。
- 江戸 9日、幕府が譜代大名にも参勤交代を命じる。
- 江戸 22日、米価格の上昇に乗じて私利を得たとして、浅草蔵奉行たち65名が処罰される。
- 江戸 24日、幕府が直轄領・私領に対し、本田畑でのタバコ栽培を禁止する。また、衣食住に関する制限の法令を出す。
- 京都 18日、下京で火事が起こり、900以上の家が焼失する。
日付不明
- 京都・書籍 作者不詳の仮名草子『あづま物語』が京都で刊行される。これ以降、「吉原細見」が発行されるようになる。
- 常陸・書籍 秋ごろ、随筆風仮名草子『可笑記』が刊行される。作者は斎藤親盛、筆名は如儡子である。
- 長崎 町中に点在していた遊女屋を丸山町・寄合町へ移し、遊廓とする。
- 諸国 寛永の大飢饉が起こる。前年の凶作の影響で、各地に飢饉が広がった。
- 陸奥 会津藩から多くの百姓が、凶作のため逃散する。
寛永の大飢饉は、幕府が農村政策や生活統制を強めるきっかけになった重要な出来事です。 酒造禁止やタバコ栽培禁止などからも、食料確保を優先しようとした幕府の姿勢が見えます。
1643年(寛永20年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇から後光明天皇へ移る時期です。 田畑永代売買禁止令や会津騒動の処分、ブレスケンス号事件などが起こります。
2月
- 肥後 21日、熊本藩が阿部一族の反乱を平定する。
3月
- 江戸 11日、幕府が田畑永代売買禁止令を発布する。
- 常陸 水戸藩は田畑永代売買禁止令を実施しなかった。
田畑永代売買禁止令は、百姓が田畑を売って没落することを防ぎ、年貢の基盤を守るための法令です。 幕府にとっては、農村と年貢収入を安定させる意味がありました。
5月
- 江戸・幕府 2日、会津騒動の責任として、会津藩主・加藤明成が改易される。
- 越後 29日、幕府の命により、長岡藩が新潟河口に洲崎番所を設置する。外国船来航やキリシタンを監視するためだった。
6月
- 江戸 23日、幕府が南部藩に通訳として歩行目付を派遣する。
- 陸奥 15日、南部藩にオランダ船が漂着する。ブレスケンス号事件である。
7月
- 江戸 4日、幕府が保科正之を会津へ転封する。
8月
- 江戸 幕府が諸藩の登城順を定める。
- 江戸 幕府が女芸を禁止する。1624年から1643年にかけて、女性芸能への規制は徐々に厳しくなった。
- 江戸 8日、幕府が五番方の新番を設置する。
- 江戸 15日ごろ、深川富岡八幡宮祭礼が始まる。のちに深川八幡祭、水掛け祭とも呼ばれ、神田祭・山王祭と並ぶ江戸三大祭の一つとなる。
五番方とは、大番、書院番、小姓組、新番、小十人組などの諸番衆の総称です。
9月
- 江戸 14日、春日局が65歳で亡くなる。
- 江戸 27日、幕府が大名火事番を編成する。大名16家、4組からなる火消しである。
10月
- 江戸 2日、天海が亡くなる。
- 出羽 幕府の命により、秋田藩に外国船監視の番所を置く。
- 京都 3日、後光明天皇が践祚する。
践祚とは、天皇の地位を受け継ぐことです。
11月
- 江戸 11日、幕府が不行跡により、良純法親王を甲斐国天目山へ配流する。
不行跡とは、身持ちがよくないことを意味します。
日付不明
- 江戸・幕府 幕府がオランダ商館長に海外情報を提出させる。これがオランダ風説書につながる。
- 陸奥 会津藩が領内に民政18か条の法令を定める。
- 蝦夷 ヘナウケの乱が起こる。蝦夷西部でのアイヌの反乱を、松前藩が制圧する。
1644年(寛永21年・正保元年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇です。 正保への改元や、正保郷帳の作成など、幕府による全国支配の基礎資料づくりが進みます。
1月
- 陸奥 18日、白河藩が百姓統制令を出す。
3月
- 江戸・幕府 幕府が糸割符を江戸・京都・大坂、堺、長崎の商人に与える。
- 江戸 12日、三浦浄心が80歳で亡くなる。
4月
- 陸奥 盛岡藩が沿岸警備を厳しくする。
5月
- 江戸 10日、幕府が不正をしていた大奥女中と、銀座年寄・平野平左衛門を処罰する。
- 土佐 20日、土佐藩が重要な海岸に遠見番所を置く。
6月
- 出羽 米沢藩でキリシタン取締令を出す。
7月
- 京都 東寺の五重塔が再建される。
12月
- 江戸・幕府 16日、後光明天皇の即位にともない、元号が寛永から正保へ変わる。
- 江戸 25日、幕府が諸大名に、国ごとの郷帳を作らせる。正保郷帳である。
日付不明
- 江戸・幕府 幕府が明国からの援兵要請を拒否する。
- 讃岐 高松藩が城下に水道を敷設する。高松水道である。
- 土佐 土佐藩が百人衆郷士を取り立てる。
郷士とは、武士の身分を持ちながら農業にも従事した人々のことです。 武士の待遇を受けていた農民ともいえます。
1640年〜1644年は幕府の管理体制がさらに細かくなる時期
1640年から1644年は、江戸幕府の支配が、より細かな制度として広がっていく時期でした。
対外関係では、ポルトガル船への厳しい対応、オランダ商館の出島移転、洋書輸入の禁止、オランダ風説書の提出などが起こります。 幕府が海外との接触を制限しながら、必要な情報は管理して得ようとしていたことがわかります。
国内では、寛永の大飢饉が大きな問題となりました。 幕府は巡見使を派遣し、農村での酒造やタバコ栽培を禁じるなど、食料確保と農村維持を意識した政策を取っています。
1643年には田畑永代売買禁止令が出されました。 これは、百姓が田畑を手放して年貢負担の基盤が崩れることを防ぐための法令で、江戸時代の農村支配を考えるうえで重要です。
また、会津騒動やブレスケンス号事件、春日局・天海の死、後光明天皇の践祚など、政治的にも節目となる出来事が続きます。
1644年には正保へ改元され、幕府は正保郷帳の作成を諸大名に命じます。 これは全国の村や石高を把握するための重要な資料であり、幕府による全国支配がさらに整理されていく流れを示しています。
この時期は、派手な戦乱こそ少ないものの、江戸幕府が「統治の仕組み」を生活・農村・貿易・宗教・情報管理にまで広げていった重要な時期といえます。

