一国一城令、武家諸法度、禁中並公家諸法度なども制定され、徳川政権による大名・朝廷・寺社への統制が進んでいきます。
さらに、徳川家康の死後には、日光東照社や東照大権現をめぐる動きも始まります。
色分けの見方
- 江戸・幕府:江戸幕府や徳川家に関係する出来事
- 地方・諸国:各地の大名・城・人物・地域に関する出来事
- 海外・外交:海外貿易や外国との関係に関する出来事
1614年(慶長19年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
1月
- 江戸・幕府 19日、幕府が大久保忠隣を改易する。
3月
- 越後 15日、越後高田藩において、徳川家康の六男・松平忠輝の居城として高田城の築城が始まる。築城は諸大名の普請役によるものだった。
4月
- 京都 16日、方広寺の大仏が竣工する。
5月
- 出羽 26日、阿仁金山が開鉱され、幕府の直轄地となる。
7月
- 京都 12日、角倉了以が61歳で亡くなる。
- 京都 26日、家康が方広寺大仏開眼供養の延期を命じる。
9月
- 江戸・幕府 24日、幕府がキリシタン大名だった高山右近ら148名を、マカオやフィリピンへ追放する。
10月
- 大坂 1日、家康が大坂征討を命じる。大坂冬の陣が始まる。
- 大坂 2日、豊臣方が徳川と戦う準備を始める。豊臣に恩のある大名などに呼びかけたが、思ったほど諸大名は集まらなかった。
- 江戸・幕府 25日、幕府が東海道・中山道などに関所を設ける。
12月
- 江戸・幕府 20日、徳川方と豊臣方が和議を結ぶ。その条件として、大坂城の二の丸と三の丸の堀を埋めることになる。
日付不明
- 文化 三浦浄心が『慶長見聞集』を完成させる。
- 紀伊 大坂冬の陣の際、徳川方として出兵した浅野氏に対し、土豪一揆が起こる。北山一揆である。
1615年(慶長20年・元和元年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
大坂夏の陣によって豊臣家が滅び、江戸幕府の支配が大きく固まる年です。
1月
- フィリピン 5日、キリシタン大名の高山右近が64歳で亡くなる。
3月
- 江戸・幕府 5日、大坂で挙兵の計画があるという知らせが駿府に届く。
- 駿河 25日、駿河城下で伊勢踊りが行われる。
4月
- 大坂 6日、家康が諸大名に対し、鳥羽・伏見へ集結するよう命じる。大坂夏の陣である。
5月
- 大坂 7日、真田幸村が大坂夏の陣で戦死する。享年49歳。
- 大坂 8日、大坂城が落城する。豊臣秀頼と淀殿は自害し、豊臣家は滅亡する。
閏6月
- 江戸・幕府 13日、幕府が大名に一国一城令を発布する。
6月
- 山城 11日、古田織部が大坂方と内通していたとの罪で切腹する。享年72歳。
- 江戸 15日、江戸城に日枝神社の山王例祭の山車と練物が初めて入る。
7月
- 江戸・幕府 7日、将軍・徳川秀忠が伏見城で武家諸法度を制定する。
- 京都 13日、戦乱や災害などを理由に、元和へ改元される。
- 江戸・幕府 17日、将軍・徳川秀忠が京都の二条城で禁中並公家諸法度を制定する。
- 江戸・幕府 24日、幕府が諸宗諸本山法度を制定する。
- 佐渡 27日、大風により田畑に大きな被害が出る。牧夫には3年間、年貢の半免が行われる。
11月
- 江戸・幕府 29日、幕府が巡見使を設置する。
日付不明
- 文化 操人形芝居の浄瑠璃が流行し始める。
- 京都 本阿弥光悦が、家康から洛北鷹峯の地を拝領する。
1616年(元和2年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
徳川家康が亡くなり、江戸幕府は家康亡き後の体制へ進んでいきます。
3月
- 長崎 長崎代官の村山等安が、台湾遠征のために兵を派遣する。
- 江戸・幕府 27日、家康が太政大臣に任じられる。
4月
- 江戸 神田明神が柴崎村から湯島へ移される。
- 駿府 17日、駿府で大御所・徳川家康が亡くなる。享年75歳。久能山に葬られる。
5月
- 駿河 駿河版『群書治要』が刊行される。
- 江戸・幕府 8日、幕府が伊豆国下田に下田奉行を設置する。
- 江戸・幕府 11日、幕府が撰銭禁止令を制定する。
7月
- 江戸・幕府 6日、越後国高田藩主・松平忠輝が改易される。
- 江戸 26日、南光坊天海が天台宗の大僧正となる。
- 陸奥 28日、仙台で大きな地震が起こる。
8月
- 江戸・幕府 幕府が関東16渡船場に通行人改め令を発布する。
- 江戸・幕府 8日、明国以外の外国船の来航を、長崎・平戸に制限する。
9月
- 伊勢 千姫が本多忠刻と再婚する。坂崎直盛は千姫の略奪を企てたが果たせず、自害した。
- 江戸・幕府 19日、幕府が駿府詰の諸士に江戸神田の宅地を与える。
11月
- 江戸・幕府 幕府が伝馬・荷物駄賃の制度を定める。
- 加賀 5日、加賀藩が領内各宿駅の伝馬役を制定する。
日付不明
- 肥前 唐津藩で検地が行われ、新田開発も進められる。
- 加賀・能登 加賀藩で検地が実施される。
1617年(元和3年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
家康の死後、その神格化と日光をめぐる動きが進みます。
2月
- 江戸・幕府 21日、天海によって家康に東照大権現の神号が定められる。
3月
- 江戸・幕府 日光東照社の造営が行われる。
- 江戸・幕府 日本橋葺屋町に吉原遊郭を作ることが許可される。翌年には営業を始める。
4月
- 肥前 大村藩主・大村純頼がキリシタンらを処刑する。
- 江戸・幕府 8日、家康の遺骨が久能山から日光へ改葬される。天海が主導していた。
- 江戸・幕府 12日、将軍・秀忠が日光に赴く。家康の命日に日光を訪れる日光社参の風習が始まる。
8月
- 江戸・幕府 14日、イギリス商館長コックスが伏見城で将軍秀忠に拝謁し、イギリス商権の拡張を求める。
- 江戸・幕府 26日、朝鮮使節が伏見城で将軍秀忠に拝謁する。
- 京都 後陽成天皇が47歳で崩御する。今のところ、火葬された最後の天皇とされる。
9月
- 江戸・幕府 将軍・秀忠が公家衆や諸大名に領知の判物・朱印状を与える。
11月
- 京都 22日、京都六条柳町惣中が、他所の遊女屋の禁止を要請する。
12月
- 江戸・幕府 16日、幕府が蝦夷地通商を松前藩の許可制とする。
日付不明
- 江戸・幕府 狩野探幽が幕府の御用絵師として召される。このとき15歳だった。
- 出羽 米沢藩が西根堰を開削し、1年かけて農業用水路を作り新田開発を行う。
- 大坂 江戸積油問屋が結成される。
1618年(元和4年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
幕府による江戸城・大奥・交通・宿場などの制度整備が進みます。
1月
- 江戸・幕府 2日、江戸城大奥への男子立ち入り禁止や、大奥女中の出入りなどを定めた大奥法度が制定される。
- 甲斐 11日、将軍秀忠の三男・徳川忠長が甲府藩20万石を拝領する。
- 江戸・幕府 29日、幕府が偽山伏などによる勧進を禁じる。
2月
- 江戸・幕府 12日、幕府が撰銭・金銭売買の禁令を出す。
- 加賀 加賀藩が、越前国敦賀の特権商人・高島屋に対し、領内諸浦への入港税を免除する。
3月
- 江戸・幕府 4日、江戸城内鷲森に紅葉山東照社を造営する。
- 京都 閏19日、京都所司代・板倉勝重が、上賀茂の惣中に鴨川上流の河岸工事を命じる。
惣中とは、名主などから選ばれた自治組織のことです。惣村、惣とも呼ばれます。
4月
- 江戸 2日、御三家が江戸城内に屋敷地を拝領する。
- 江戸・幕府 17日、紅葉山東照社の遷宮が行われる。
8月
- 江戸・幕府 幕府が、外国船の通商に託したキリスト教布教を禁止する。
- 江戸・幕府 10日、幕府が熊本藩の御家騒動を裁決し、家老・加藤正次らを流刑にする。
11月
- 出羽 米沢藩主・直江兼続が、米沢に禅林寺を創建する。
日付不明
- 江戸・幕府 喜見勝忠に堺奉行のほか、摂津・河内・和泉の国奉行を兼任させる。
- 江戸・幕府 幕府が東海道箱根宿を設置する。
1619年(元和5年)の出来事
この年の将軍は徳川秀忠、天皇は後水尾天皇です。
福島正則の改易や大坂の直轄地化など、幕府による大名統制がさらに強く見える年です。
3月
- 肥後 17日、大地震が起こり、麦島城が倒壊する。
5月
- 江戸・幕府 15日、幕府が町人・浪人の武家屋敷居住を禁止する。
6月
- 江戸・幕府 2日、広島藩主・福島正則が、城を無断で修理したことを理由に改易される。
7月
- 信濃 2日、福島正則が高井郡高井村に蟄居させられる。
- 紀伊 17日、徳川頼宣が駿府から和歌山へ転封する。
- 江戸・幕府 28日、幕府が阿部正之・大久保忠成らに、日向国臼杵郡の土豪一揆鎮圧を命じる。
蟄居とは、自宅などに閉じこめて謹慎させる刑罰です。武士にとってはかなり重い処分でした。
8月
- 江戸・幕府 幕府が大坂を直轄地とし、伏見城代を廃止して、大坂に城代・城番を置く。
- 江戸・幕府 29日、京都の七条河原でキリシタンらを処刑する。
9月
- 京都 18日、朝廷で万里小路桂哲らが不行跡により流罪となる。
- 大坂 26日、幕府が上荷船・茶船の営業特許権を与える。
12月
- 江戸・幕府 22日、長崎代官・村山等安が、大坂の陣での反逆罪により処刑される。後任は末次平蔵となる。
日付不明
- 江戸・幕府 東海道箱根宿に関所を設ける。
- 和泉 堺の船問屋が江戸廻船を開始する。菱垣廻船である。
- 江戸 西久保八幡宮境内に、時刻に合わせて鐘をつく時の鐘が設置される。
1614年〜1619年は豊臣家の滅亡と徳川支配の完成へ向かう時期
1614年から1619年は、江戸時代初期の中でもかなり大きな転換点です。
1614年の大坂冬の陣、1615年の大坂夏の陣によって、豊臣家は滅亡します。
これにより、戦国時代から続いていた豊臣と徳川の対立は終わり、江戸幕府の支配が一気に安定していきます。
その直後に、一国一城令、武家諸法度、禁中並公家諸法度が制定されました。
これは、幕府が大名だけでなく、朝廷や寺社に対しても統制を強めていったことを示しています。
1616年には徳川家康が亡くなりますが、その後も幕府の支配は揺らぎませんでした。
家康は東照大権現として祀られ、日光東照社を中心に、徳川政権の権威を支える存在になっていきます。
さらに1619年には、福島正則が改易され、大坂も幕府の直轄地となります。
豊臣家を滅ぼしただけでなく、有力大名にも厳しく対応することで、江戸幕府は全国支配をさらに固めていったのです。

