テレビ時代劇でおなじみの「遠山の金さん」や「大岡越前」。
桜吹雪の入れ墨を見せたり、白洲(しらす)で颯爽と悪人を裁く姿はかっこいいですよね。
しかし、実際の町奉行には、そんなふうに町の中をぶらぶらと歩き回る暇などありませんでした。
実は彼ら、現代で言えば「東京都知事」と「警視総監」と「裁判官」と「消防署長」をたった一人で兼任するような、超ブラックな役職だったのです。
今回は、休みの日(非番)すら休めなかった、江戸のエリート官僚の過酷な日常について解説します。
この記事の要点
- 町奉行は「北」と「南」の2名で、1ヶ月交代の勤務だった
- 「月番(オン)」は窓口業務、「非番(オフ)」は残務処理
- 非番は休日ではない!裁判や書類作成で365日激務だった

人口100万人をたった2人で管理
町奉行のシステムが完成したのは、3代将軍・徳川家光の時代です。
当初は大名が務めていましたが、すぐに旗本(将軍直属の家臣)の中から選ばれるようになりました。
定員は基本的に、北町奉行と南町奉行のたった2名。
彼らの部下として、実働部隊である「与力(よりき)」が南北それぞれ25騎(計50騎)。
さらにその下の「同心(どうしん)」が各100人ほど配属されていました。
しかし、当時の江戸は人口100万人を超える世界有数の巨大都市。
その町人たちの行政・司法・警察のすべてを、この少人数で回していたのですから、多忙を極めていたことは想像に難くありません。
あまりの激務に、在任中に過労死する奉行もいたほどです。
「月番(つきばん)」と「非番(ひばん)」の仕組み
これほどの激務をこなすため、彼らは1ヶ月ごとに役割を交代するシステムをとっていました。
- 月番(つきばん): その月にメインで担当する奉行所。
- 非番(ひばん): その月はサブに回る奉行所。
こう聞くと、「なるほど、1ヶ月働いたら、翌月は休みなのかな?」と思いますよね。
しかし、そこが大きな間違いなのです。
「月番」の仕事=門を開ける
月番の奉行所は、毎朝門を開いて、庶民からの訴訟(裁判の訴え)や、様々な届出を受け付けます。
1日に持ち込まれる訴状は30〜40件にも及び、とても処理しきれる量ではありません。
次々と持ち込まれるトラブルの対応に追われ、奉行所内はてんてこ舞いになります。
「非番」の仕事=門を閉めて残業
では、翌月の「非番」は何をするのか。
門は閉ざされ、新しい訴えは受け付けません。
しかし中では、月番の時に処理しきれなかった膨大な案件の調査や、老中への報告書作成を続けているのです。
さらに、手が空いた部下(与力・同心)は月番の奉行所へ手伝いに行くこともありました。
つまり、非番とは「休日」ではなく、「誰にも邪魔されずに溜まった仕事を片付ける月」だったのです。
エリートの過酷な1日
町奉行の1日は、息つく暇もありません。
【ある月番奉行のスケジュール】
- 朝: 部下(与力・同心)に仕事の指示を出す。
- 午前10時頃: 江戸城へ登城。老中からの呼び出し対応、会議、町触れ(法律)の原案作成など。
- 午後2時頃: 奉行所(役宅)へ帰宅。
- 午後〜夕方: 吟味方(ぎんみかた)の取り調べを精査し、お白洲で判決を言い渡す。
死罪になるような重大事件の場合は、将軍の許可を取った上で、検使(けんし)が見届ける中で処刑を行わなければなりません。
午後4時頃に一通りの業務が終わり、日が暮れると奉行所の門は閉められます。
しかし、そこから翌日の準備や書類仕事という残業が延々と続くのです。
休日ゼロ?「評定所」の会議
さらに、月番・非番に関係なく、月に3回は「評定所(ひょうじょうしょ)」での会議に出席しなければなりません。
ここでは、町奉行だけでなく、寺社奉行や勘定奉行も集まり、管轄を超えた複雑な案件(武士と町人のトラブルなど)を審議します。
重要案件には老中も出席するため、ここでの気苦労も相当なものだったでしょう。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
大岡越前は「行政」のプロだった
名奉行として名高い大岡忠相(越前守)ですが、彼は裁判だけでなく「行政官」としても超一流でした。
江戸の防火体制を強化するために「町火消(いろは四八組)」の小組に再編成したり、貧しい人のための無料医療施設「小石川養生所」を設置にもかかわっています。
まさに、スーパー都知事のような活躍ぶりだったのですね。
まとめ|365日働いた江戸の守護神
現代なら確実に労働基準法違反になりそうな町奉行の働き方。
職場と自宅が同じ敷地内(役宅)だったため、通勤時間がないのが唯一の救いかもしれませんが、それは裏を返せば「24時間職場にいる」ということ。
彼らがプライベートも睡眠時間も削って働いてくれたおかげで、人口100万人の巨大都市・江戸の治安は守られていたのかもしれません。
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参考文献







