「亭主が昼間から酒を飲んで遊んでいても、家計が回っている」。

現代では考えられないような話ですが、江戸時代にはそんな夫婦が実在しました。

それを可能にしていたのが、江戸の美容師こと「髪結い(かみゆい)」という職業です。

今回は、落語『厩火事(うまやかじ)』にも描かれた、腕一本で家族を養う女性職人の稼ぎっぷりと、現代にも通じる営業システムについて解説します。

この記事の要点

  • 髪結いは「女性が大黒柱」になれる高収入な仕事だった
  • 営業スタイルは「店舗・屋台・出張」の3パターン
  • 出張型は、現代のサブスク(定額制)のような契約だった
歌川国貞「髪結新七 中村歌右衛門」
歌川国貞「髪結新七 中村歌右衛門」1839年

落語『厩火事』に見る、稼ぐ妻と遊ぶ夫

古典落語に『厩火事(うまやかじ)』という有名な演目があります。

主人公のお崎は、髪結いの仕事でバリバリ稼ぐ女性。
一方、その夫は働かず、お崎の稼いだ金で昼間から酒を飲んでブラブラしています。

二人はよく喧嘩をしますが、注目すべきは「夫が遊んで暮らせるほどの稼ぎが、お崎にある」という点です。

大工よりも稼げた?驚きの年収

髪結いの技術はピンキリですが、腕の良い職人は相当な収入がありました。

当時の一般的な髪結い料金は、1回28文ほど。
現代の感覚でいうと、1回600円前後の激安カットです。

「安い!」と思うかもしれませんが、髪結いは回転率が命です。
月代(さかやき)と髭を剃り、髷(まげ)を編み上げる作業は手早く行われます。

もし1日に30人の客をこなせば、単純計算で日当は18,000円〜20,000円ほど。
当時、給料が高いと言われた大工の日当が13,000円前後だったことを考えると、人気美容師はトップクラスの稼ぎ頭だったのです。

営業スタイルは3種類!店舗から出張まで

髪結いの仕事は、男性も女性も活躍していました。
その営業形態は、大きく分けて3つのスタイルがありました。

1. 内床(うちどこ)|店舗型サロン

自宅を店舗にしてお客さんを待つスタイルです。

江戸っ子は身だしなみにうるさく、4〜5日に1回は髪を整えていました。
そのため、店には朝早くから多くの人が集まり、「井戸端会議」のような情報交換の場になっていました。

落語『崇徳院』や『浮世床』でも、若旦那が噂話を聞きつけたり、将棋を指して順番待ちをするシーンが描かれています。

2. 出床(でどこ)|屋台スタイル

路地や広場に簡易的な店を出すスタイルです。

江戸は火事が多かったため、「火除け地(広小路)」と呼ばれる空き地があちこちにありました。
髪結いたちは、このスペースを有効活用して青空カットを行っていたのです。

実は幕府への登録が必要な仕事でしたが、この出床スタイルの中には、無許可で営業する「モグリ」も少なくなかったようです。

3. 回り髪結(まわりかみゆい)|出張サブスク

そして、冒頭のお崎さんが行っていたのがこのスタイル。
道具を持って、契約している大店(おおだな)や武家屋敷を定期的に回ります。

実はこれ、現代のサブスクリプション(定額制)に近い契約でした。

【回り髪結の契約例】

  • 訪問頻度: 5〜6日に1回訪問
  • 料金(月額): 主人は月100文、奉公人は月50文など

1回ごとの料金で計算すると少し割安になりますが、その分「固定給」として安定した収入が入ります。
さらに、お得意様に気に入られると、3食の食事がついたり、芝居見物や料亭での接待にお供させてもらえることもありました。

多少安くても、太い客(スポンサー)を掴むのが、賢い稼ぎ方だったのですね。

💡 やさしい江戸案内の雑学メモ

「月代(さかやき)」って何?

時代劇でおなじみの、頭のてっぺんを剃り上げたヘアスタイル。
これは元々、戦国時代の武士が「兜(かぶと)をかぶった時に頭が蒸れないように」と始めた風習でした。

それが平和な江戸時代になっても、「武士の嗜み」として残り、やがて庶民にも一般化したのです。
それでもすべての人が月代を剃っていたわけではありません。

まとめ|腕一本で生きた江戸の職人たち

江戸時代の髪結いは、男女関係なく、技術とコミュニケーション能力があれば成功できる実力社会でした。

「内床」で情報を集めるもよし、「回り髪結」で安定を狙うもよし。
お崎さんのように夫を養えるほどの経済力は、そんな自由な働き方から生まれていたのかもしれません。

あわせて読みたい江戸の仕事

参考文献