夏の夜、「プ〜ン」という不快な羽音に悩まされた経験は誰にでもありますよね。
網戸やエアコンが完備された現代でも厄介な「蚊」。
隙間風だらけの日本家屋で暮らしていた江戸時代の人々にとって、それはまさに睡眠を妨害する死活問題でした。
今回は、江戸っ子が夏の夜を生き抜くために使った二つの武器、「蚊帳(かや)」と「蚊遣り(かやり)」について解説します。
この記事の要点
- 江戸は水路が多く「蚊」の大量発生地帯だった
- 物理ガードの「蚊帳」は、貴族から庶民へ広がった
- 化学ガードの「蚊遣り」は、蚊取り線香のルーツ

なぜ江戸は「蚊の天国」だったのか?
江戸の町は、物流をスムーズにするために、町中に堀や水路が張り巡らされた「水の都」でした。
人間にとっては便利ですが、水辺はボウフラ(蚊の幼虫)が湧く絶好のスポット。
そのため、江戸の町はどこに行っても蚊が発生するという、虫嫌いには地獄のような環境だったのです。
蚊は痒いだけでなく、時には伝染病を媒介することもあります。
人々にとって、蚊の対策は健康を守るための戦いでもありました。
最強の物理ガード「蚊帳(かや)」
そんな江戸の夏の必需品といえば、まずは「蚊帳」です。
1mm程度の細かい網目状になったテントのようなもので、部屋の四隅から吊るして空間を作り、その中で眠ります。
その歴史は古く、古代エジプトや中国でも使われていました。
日本では貴族の高級品でしたが、江戸時代になると庶民にも普及し、町中を「蚊帳売り」が売り歩くようになりました。
風通しを保ちつつ、虫を一匹も通さない。
クーラーのない時代、窓を開け放って寝るためには欠かせないアイテムだったのです。
煙でいぶす化学兵器「蚊遣り(かやり)」
しかし、蚊帳はそれなりに高価なものでした。
蚊帳を持っていない人や、蚊帳に入る前の夕暮れ時に使われたのが「蚊遣り」です。
これは、虫が嫌う成分を持つ植物(ヨモギの葉、松や杉の青葉、おがくずなど)を火にくべて、その煙で蚊を追い払う方法です。
「蚊火(かび)」「蚊いぶし」とも呼ばれ、万葉集の歌にも登場するほど古くからある知恵でした。
現代の「蚊取り線香」も、除虫菊という植物の成分を練り込んで煙を出す仕組みですから、蚊遣りはまさに蚊取り線香の元祖と言えます。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
日本の「蚊帳」は世界を救う?
昭和後期、アルミサッシやエアコンの普及とともに、日本では蚊帳を見かけなくなりました。
しかし今、日本の蚊帳技術は世界で再評価されています。
アフリカや東南アジアなど、マラリア(蚊が運ぶ病気)が多い地域では、殺虫成分を練り込んだ日本の高性能な蚊帳がODAやユニセフを通じて配布されています。
蚊帳は今も世界中で命を守るために活躍しています。
まとめ|安眠を勝ち取るための工夫
水路の多い江戸の町で、猛威を振るう蚊たち。
人々は「蚊帳」で物理的に防ぎ、「蚊遣り」の煙で追い払うことで、蒸し暑い夏の夜に安眠スペースを確保していました。
今年の夏、蚊取り線香の匂いを嗅いだら、遠い江戸の夜に思いを馳せてみるのもいいかもしれませんね。
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参考文献







