
現代の世界経済では「自由競争」が良いこととされています。
しかし最近では、自国の産業を守るためにあえて制限をかける国も増えてきました。
「自由に競争させた方が発展する」のか、「ある程度規制した方が安定する」のか。
経済学者の間でも意見が分かれるところですが、実は江戸時代の商人も同じような悩みを抱えていました。
今回は、江戸の経済を牛耳った巨大な商売グループ「株仲間(かぶなかま)」について解説します。
彼らはなぜ自由な商売を捨てて、「談合」の道を選んだのでしょうか?
自由競争の限界と「株仲間」の誕生
江戸時代の初期、江戸の町は人口が爆発的に増えていました。
地方から一旗揚げようと多くの人が集まり、誰もが自由に商売を始めることができた「起業ブーム」の時代でした。
しかし、時が経つにつれて問題が起きます。
「お店が増えすぎた」のです。
お客さんの取り合いで共倒れ?
例えば、100人の客に対して「饅頭屋」が2軒なら、それぞれ50個ずつ売れて商売繁盛ですよね。
しかし、自由に店を出せると聞いた人が殺到し、饅頭屋が50軒になったらどうでしょう?
1軒あたり2個しか売れず、すべてのお店が潰れてしまいます。
「このまま自由に競争していたら、みんな共倒れしてしまう」
そう考えた商人たちは、ある決断をしました。
「仲間同士で手を組んで、新しいライバルが入ってこないようにしよう」
こうして結成された組織が『株仲間』です。
「株仲間」は何をする組織?
株仲間は、現代で言うところの「カルテル(企業連合)」に近い組織です。
彼らは主に2つの強力な権限を持っていました。
- 営業権の独占: 株仲間に入っていない店には商売をさせない。
- 価格の協定: 「この商品は〇〇円以下では売らない」と皆で決める(価格カルテル)。
つまり、「自分たちの利益を守るために、競争を排除して値段を吊り上げる」という、消費者にとっては少し困った組織だったのです。
ちなみに、この仕組みの名残は現代にもあります。
大相撲の「年寄株(親方株)」です。
親方になって部屋を持つには、限られた数の「株」を取得しなければならないシステムは、まさに江戸時代の株仲間と同じ考え方ですね。
幕府との「黒い癒着」と解散命令
最初は「自分たちで勝手に作ったグループ」だった株仲間ですが、やがて幕府もその存在に目をつけます。
① 吉宗公認!「税金取れるじゃん」
8代将軍・徳川吉宗の『享保の改革』の時代。
幕府はこう考えました。
「商売を独占させてやる代わりに、上納金を払わせればいい収入源になるぞ」
こうして株仲間は幕府公認の組織となり、その代償として「冥加金(みょうがきん)」や「運上金(うんじょうきん)」といった税金を納めることになりました。
② 田沼意次と「賄賂」の時代
その後、老中・田沼意次の時代になると、幕府はさらに積極的に株仲間を推奨しました。
田沼は「もっと株仲間を作らせて、もっと税金を取ろう」という経済重視の政策をとりましたが、これが裏目に出ます。
特権が欲しい商人が役人に賄賂を贈るようになり、政治が腐敗。
さらに、上納金の分だけ商品の値段が上がり、庶民の生活は苦しくなりました。
③ 水野忠邦の失敗「解散しろ!」
賄賂と物価高に怒ったのが、後の老中・水野忠邦です。
彼は『天保の改革』で、ついに命令を下します。
「物価が高いのはお前らが談合しているからだ! 株仲間は全員解散!!」
これで自由競争に戻り、物価も安くなる……はずでした。
しかし、結果は大失敗。
長年、株仲間が流通ルートを管理していたため、急に組織を解散させたことで物流が大混乱してしまったのです。
商品が江戸に届かなくなり、かえって物価は高騰。
結局、水野忠邦が失脚した後、幕府は慌てて「やっぱり株仲間を復活させます」と宣言することになりました。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
「株」は売買できた?
株仲間の権利(株)は、他人に譲ったり売ったりすることが可能でした。
その価格は、商売の利益が大きい業種ほど高値で取引されました。
まさに現代の「株式市場」のルーツとも言えるシステムが、江戸時代にはすでに出来上がっていたのですね。
(※株仲間が完全に廃止されたのは、明治5年のことです)
【まとめ】自由経済か、管理経済か
株仲間の歴史を整理すると、幕府の政策がいかに揺れ動いていたかが分かります。
| 時代・人物 | 株仲間への対応 | 結果 |
|---|---|---|
| 江戸初期 | なし(自由競争) | 店が増えすぎて過当競争に。 |
| 徳川吉宗 (享保の改革) |
公認する | 物価の安定と、幕府の税収確保。 |
| 田沼意次 | 推奨する | 税収増だが、癒着と賄賂が横行。 |
| 水野忠邦 (天保の改革) |
解散させる | 流通システムが崩壊し、経済が大混乱。 |
「悪い商人が談合している」という一面もありましたが、彼らが江戸の流通システムを支えていたのもまた事実。
経済をコントロールすることの難しさは、江戸時代も現代も変わらないのかもしれませんね。
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