江戸時代初期の出来事を、1645年(正保2年)から1649年(慶安2年)まで年表形式でまとめました。この時期は、第3代将軍・徳川家光のもとで、町人の風俗、商売、農村、海防、キリシタン対策などへの統制が細かくなっていく時期です。正保から慶安へ元号が変わり、慶安の触書や慶安検地条令など、農村支配に関わる法令も出されました。
江戸幕府が、社会全体に細かなルールを広げていく流れを追うことができます。

色分けの見方

  • 江戸・幕府:江戸幕府や江戸市中に関係する出来事
  • 地方・諸国:各地の藩・人物・地域に関する出来事
  • 海外・外交:外国や対外関係に関する出来事

1645年(正保2年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇です。
江戸市中の風俗や身なりへの取り締まりがふえていきます。
地方では山林保護、地方藩の動きなどが見られます。

2月

  • 尾張 11日、尾張藩が過去10年間の年貢率が4割になるように石高を調整した。

5月

  • 江戸・幕府 大坂市中の商売に関する条例を次々に定めた。
  • 肥後 19日、宮本武蔵が病気により、62歳に亡くなる。(なくなる2年前に『五輪書』を書き上げています。)

7月

  • 江戸・幕府 18日、大きな脇差や派手な髪型(大撫附)、ひげなどを禁じる法令を出す。
  • 江戸・幕府 19日、江戸市中のかぶき者を取り締まる。
  • 江戸・幕府 22日、目付に伊豆・安房の海岸を巡視させ、防備を調査する。

※かぶき者とは、派手な服装や乱暴なふるまいで目立った人々のこと。
※江戸初期ははまだまだあれており、治安の問題として取り締まりの対象になりました。

10月

  • 江戸・幕府 13日、幕府が高野山の僧侶集団の争いを裁く。
  • 紀伊 10月、紀州藩で高野山の僧侶たちの争いが起った。

11月

  • 京都 11日、朝廷は徳川家康を祀る「東照社」に対して「宮号(みやごう)」を授ける。

12月

  • 江戸 15日、富沢町から出火し、吉原が全焼した。

日付不明

  • 江戸・幕府  幕府が山林のむやみな伐採を禁止するよう諸国に命じる。
  • 江戸  江戸で初めて瓦が焼かれた。
  • 安芸 広島藩が各郡に目安箱を設置した。
  • 肥前 このころ、有田の酒井田柿右衛門が赤絵の技法を完成させたといわれている。

※目安箱とは、意見や訴えを入れる箱。
※赤絵とは、赤色を中心に色を付ける磁器の絵付け技法。
※有田焼や伊万里焼の発展にも関わる重要な技法。

1646年(正保3年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇
キリシタン探索、琉球と明国の貿易、異国船への警戒など、対外関係への対応が目立ってくる。

3月

  • 京都 10日、朝廷が将軍家光の求めにより、日光へ奉幣使を派遣する。日光例幣使が始まる。
  • 京都 10日、朝廷が伊勢神宮への例幣使派遣を再興した。

※奉幣使とは、神社に供え物を届ける朝廷の使者のこと。

4月

  • 江戸 7日、薩摩藩主・島津光久が将軍徳川家光を招いて犬追物を行う。
  • 江戸・幕府 19日、幕府が諸国にキリシタン探索を厳しく命じる。
  • 尾張 17日、尾張藩主・徳川義直が『東照宮年譜』を幕府に進呈した。
  • 陸奥 26日、大地震により、仙台城や日光東照宮の石垣などが破損した。

※犬追物とは、中世の武家儀礼として馬に乗って犬を追いながら弓を射る武芸の一種、鉄砲伝来以降は廃れていたが、御家芸として再興させた。

6月

  • 江戸・幕府 幕府が薩摩藩に対し、琉球と明国との朝貢貿易を続けるよう命じる。

9月

  • 出羽 25日、庄内藩の御家騒動により、家老・高力喜兵衛一族が処罰された。

10月

  • 江戸・幕府 20日、幕府が明国からの援兵要請を拒否した。
  • 江戸・幕府 24日、明国滅亡にともない、幕府が西国諸大名に異国船が来航した場合の対応を指示する。

11月

  • 長門 16日、長州藩が正保の藩政改革を始める。

12月

  • 江戸・幕府 1日、幕府が江戸から大坂までの街道や宿駅の地図作成を命じる。

日付不明

  • 江戸・幕府  幕府が小石川茗荷谷に牢獄を作り、キリシタンを監禁した。
  • 江戸・幕府  幕府がオランダへの銅の輸出を許可する。
  • 陸奥 津軽藩が岩木川の改修工事を行う。
  • 播磨 赤穂藩が新浜塩田を開発する。
  • 安芸 広島藩がキリシタン奉行を設置した。

1647年(正保4年)の出来事

この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇。
江戸の大地震、朝廷人事への幕府の関与、ポルトガル船への通商拒絶などが起こった。

4月

  • 江戸・幕府 7日、幕府が一条昭良の摂政就任にともない、朝廷高官の任免には幕府の意向を確認するべきだと通達した。

5月

  • 江戸 13日、江戸で大地震が起こり、江戸城の石垣や大名屋敷などが破損した。
  • 江戸・幕府 19日、幕府が前年の大地震で破損した仙台城の修理を許可する。

8月

  • 海外・外交 幕府が長崎に来航したポルトガル船に通商拒絶を通告し、帰航させる。

9月

  • 江戸・幕府 29日、皇弟の守澄法親王が輪王寺門跡となり、寛永寺に入る。

日付不明

  • 陸奥 津軽藩で、藩政刷新に関わる御家騒動が起こり、藩士数十人が処罰される。(船橋事件)
  • 薩摩 薩摩藩が、清国の琉球来襲に備え、守備兵を八重山へ派遣した。
  • 琉球 琉球で黒糖の専売制が始まった。

    1648年(正保5年・慶安元年)の出来事

    この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇。
    「正保」が火事を連想させるとして、元号が慶安に変わった。
    幕府は江戸市中の取り締まりや、大坂の商売に関する法令も出されました。

    2月

    • 江戸・幕府 15日、「正保」が「焼亡」を連想させるとして、元号が慶安に改められる。
    • 江戸・幕府 28日、幕府が江戸市中取締令を出す。吉原以外の遊女、許可のない行商、勧進相撲、博奕などを禁止した。

    ※勧進相撲とは、もともとは寺社の修理費などを集めるために行われた相撲興行です。

    4月

    • 江戸・幕府 5日、幕府が大坂市中の商売や町人の作法に関する法令を定める。
    • 江戸・幕府 4月、天海版『一切経』が刊行された。

    6月

    • 江戸・幕府 5日、幕府が大坂上荷船・茶船の運賃などを定める。
    • 江戸・幕府 11日、幕府が代官に江戸近郊農村の調査を命じ、百姓の土地貸借や質入れを禁止する。
    • 江戸・幕府 6月、幕府が町奉行所への訴訟手続きを定める。
    • 石見 16日、浜田藩主・古田重恒が放蕩の末に家老らを殺害する古田騒動を起こし、改易される。

    ※ 田畑永代売買禁止令および質地取扱の諸法度:貨幣経済の浸透により、借金のかたに土地を手放す農民が急増したため、百姓に制限をかけた。
    ※改易とは、大名や武士から領地・身分を取り上げる重い処分です。

    8月

    • 丹波 20日、福知山藩主・稲葉紀通が宮津藩主・京極高広と争い、自殺する。(稲葉騒動)

    11月

    • 江戸・幕府 10日、幕府が女性の関所通行に必要な手形についての条例を定める。

    ※関所手形とは、関所を通るための通行許可証のようなものです。
    ※特に女性の移動は厳しく管理されました。

    12月

    • 江戸・幕府 10日、幕府が武蔵・上総の国絵図作成を指示する。

    日付不明

    • 江戸 この年、浅草寺の五重塔が建立される。
    • 蝦夷地 蝦夷東部のメナシとシコツのアイヌが争う。
    • 常陸 水戸藩が辰之口江堰・岩崎江堰の工事に着手する。
    • 大坂 大坂城番・内藤信広の配下にキリシタンがいることが発覚し、内藤信広は減封される。

    1649年(慶安2年)の出来事

    この年の将軍は徳川家光、天皇は後光明天皇。
    慶安の触書や慶安検地条令など、農村支配に関わる法令が出される。
    大名や旗本への倹約令、江戸市中のぜいたく禁止なども目立つ。

    1月

    • 土佐 11日、土佐藩が郷士を家臣として取り立てる。

    2月

    • 江戸・幕府 12日、幕府が江戸市中で町人の華美な服装やぜいたくを禁止する。
    • 江戸・幕府 26日、幕府が慶安の触書と慶安検地条令を制定する。

    ※慶安の触書は、農民の生活や年貢負担に関する心得を示した全32条の文書の法令として知られていいる。
    ※慶安検地条令は、土地調査に関するルールです。

    3月

    • 江戸・幕府 1日、幕府が大名・旗本に倹約令を出し、大目付や目付にぜいたくの取り締まりを命じる。
    • 土佐 5日、土佐藩奉行・野中兼山が藩の軍制を改め、法度(はっと)を出す。
    • 安芸 11日、広島藩が尾道など5か所に米蔵を設置する。

    6月

    • 江戸 20日、江戸城内の石垣が破損し、武家屋敷や町屋なども倒壊する。

    9月

    • 江戸・幕府 23日、幕府が高野山の僧侶たちに関する法度を定める。
    • 地方・諸国 19日、火事の際に持ち出す家財の検問を命じ、隠して持ち出すことを禁止する。

    10月

    • 江戸・幕府 14日、幕府が江戸近郊での土地貸借を禁止する。
    • 江戸・幕府 10月、将軍家光が軍学者・北条氏長に軍役人数割を提出させる。
    • 海外・外交 10月、明国人の鄭成功が再び幕府に援助を求める。

    日付不明

    • 江戸 この年、麻疹が流行する。
    • 出羽 秋田藩で領内の総検地が完了する。

    1645年〜1649年は町人・農村・海防への統制が強まる時期

    1645年から1649年は、江戸幕府が農民や町民など社会の細部にまで統制を広げていく時期として様々な法令が出されました。

    江戸では、かぶき者の取り締まり、町人のぜいたく禁止、吉原以外の遊女や無許可の行商の禁止など、町人文化や風俗への管理といった社会の規律が作られていきました。

    一方で、地方では各藩が改革や取り締まりを進めています。
    長州藩の藩政改革、広島藩の目安箱設置、土佐藩の郷士取り立て、秋田藩の総検地など、藩ごとの支配体制も整えられていきました。

    対外関係では、明国の滅亡や鄭成功からの援助要請、異国船への警戒などがありました。
    幕府は援兵要請を拒否しつつ、西国諸大名に異国船への対応を指示するなど、海防を意識した政策を推し進めました。

    1648年には正保から慶安へ改元され、1649年には慶安の触書や慶安検地条令が出されます。
    これらは、農村支配や年貢確保を安定させるための法令として重要でした。

    この時期は、大きな戦乱こそ少なく、戦国の気風も薄まっていきます。
    江戸幕府が町人・農村・大名・海防を細かく管理していく、家光政権後半の重要な時期でした。