夏になると、今も昔も私たちを悩ませるのが「蚊」の存在ですよね。

現代なら網戸やエアコン、そして1890年に誕生した「蚊取り線香」がありますが、それ以前の江戸時代、人々はどうやって安眠を守っていたのでしょうか?

実は、江戸の町には現代よりもずっと過酷な「蚊との戦い」があり、そこには江戸っ子の粋な工夫と、美しい歌声が溢れていました。

この記事の要点

  • 江戸は水路が多く、現代以上に蚊が大量発生する環境だった
  • 対策は煙で追い払う「蚊遣り」と、物理的に防ぐ「蚊帳」の二段構え
  • 蚊帳売りは「美声」が命!長唄のような節回しが人気だった
宮川春汀 1897 蚊遣り
宮川春汀(1897年)「蚊遣り」の様子

「水の都」江戸は、蚊の楽園だった?

徳川家康が作り上げた江戸の町は、水運のために掘割(水路)が張り巡らされた「水の都」でした。

しかし、流れの緩やかな水場が多いということは、蚊にとっては絶好の繁殖場所でもあります。現代のような下水道や殺虫剤がない時代、江戸の蚊の多さは現代人の想像を絶するものでした。

そこで欠かせなかったのが、古くから伝わる知恵でした。

1. 煙で追い払う「蚊遣り(かやり)」

万葉集の時代から「蚊火(かび)」や「蚊いぶし」として親しまれてきた方法です。
カヤの木やヨモギなどを燃やし、その煙で蚊を追い払います。これがのちの「蚊取り線香」へと進化していくことになります。

2. 網で守る「蚊帳(かや)」

部屋の中に吊るしてその中で寝るネットのことです。現代でも「蚊帳の外(仲間外れにされること)」という言葉として残っていますが、これは「蚊帳の中という守られた空間」に入れない不利益な状態を指しています。

江戸の夏を彩る「蚊帳売り」の美声

これら蚊対策の道具は、店に買いに行くよりも「売り歩く商人」から買うのが一般的でした。
中でも、夏の夕暮れ時に響き渡る「蚊帳売り」の呼び声は、江戸の風物詩として愛されていました。

「蚊帳売(かやうり)も 山鳥のオの声自慢」
「蚊帳売は めりやす程な 節を附け」 出典:当時の川柳より

川柳にも詠まれている通り、彼らは山鳥のように美しく、長唄(めりやす)のように情緒豊かな節をつけて商売をしていました。

喜多川歌麿 蚊帳
喜多川歌麿「蚊帳」を吊る様子

天秤棒に「萌黄(もえぎ)色」の蚊帳を担ぎ、「もえぎ~~のかーや~~~~~」と響かせる。良い声の売り手はそれだけで客を呼ぶため、人々は夕涼みがてら、その声を聞くのを楽しみにしていたそうです。

💡 やさしい江戸案内の雑学メモ

蚊帳売りは「近江商人」のエリート?

蚊帳の産地といえば近江(滋賀県)。そのため、江戸の蚊帳売りの多くは近江から来た商人たちでした。

彼らは江戸の人々に買ってもらうため、単に商品を運ぶだけでなく、「声の良さ」を徹底的に磨いたと言われています。
江戸っ子好みの節回しを研究し、まるで歌うように売り歩く。その戦略的な演出が、江戸の夏の風情を作り出していたのですね。

 

 

まとめ|不便さの中にあった「粋」

蚊に悩まされる夏の夜、煙にいぶされながら蚊帳の中で眠る江戸の人々。
現代のワンプッシュ殺虫剤に比べれば不便極まりない生活ですが、町に響く美しい売り声を聞きながら季節の訪れを感じる姿には、どこか現代人が忘れてしまった「粋」を感じます。

蚊帳は現在、アフリカなどでのマラリア予防として再び注目されています。形を変えながら、江戸の知恵は今も世界を救っているのですね。

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