江戸時代初期の出来事を、1630年(寛永7年)から1634年(寛永11年)まで年表形式でまとめました。
この時期は、第3代将軍・徳川家光の政権がさらに制度を整えていく時期です。 大名・旗本・宗教・外交・裁判・出版・都市整備など、幕府がさまざまな分野を管理していく流れが見えてきます。
特に、奉書船貿易、徳川秀忠の死去、旗本諸法度、大目付の設置、奉書船以外の海外渡航禁止、六人衆の設置、出島建造開始などは、この時期を考えるうえで重要な出来事です。
色分けの見方
- 江戸・幕府:江戸幕府や徳川家に関係する出来事
- 地方・諸国:各地の大名・城・人物・地域に関する出来事
- 海外・外交:海外貿易や外国との関係に関する出来事
1630年(寛永7年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 不受不施派への処罰や、キリシタン関連の取り締まりなど、宗教統制が目立つ年です。
1月
- 江戸・幕府 24日、幕府が陸奥国の仙台藩と相馬藩の境界争論を審議する。また、身延池上宗論も審議する。
2月
- 江戸 21日、身池対論が行われる。林羅山・天海・金地院崇伝たちが、久遠寺と池上本門寺との宗論を聴断した。
- 加賀 22日、加賀藩が宝達金山条規を制定する。
3月
- 京都 10日、日奥が66歳で亡くなる。
4月
- 江戸・幕府 2日、幕府が池上本門寺の日樹、京都妙覚寺の日奥ら不受不施派を処罰する。権力者から布施を受けるかどうかをめぐって対立していた。
- 京都 30日、織田信雄が73歳で亡くなる。
7月
- 江戸 15日、幕府が山城国から浪人を追放する。
9月
- 京都 俵屋宗達が禁裏本『西行法師行状絵詞』を模写する。
10月
- 備前 岡山藩が御家人騒動の裁許を幕府に依頼する。
- 地方・諸国 5日、藤堂高虎が75歳で亡くなる。
11月
- 肥前 11日、長崎奉行の竹中重義と島原藩主の松倉重政が、軍艦2隻をフィリピンへ派遣し、軍情を視察する。
日付不明
- 江戸 林羅山が上野忍岡の屋敷に、先聖殿という聖廟、つまり孔子廟を建造する。
- 江戸 狩野尚信が幕府の御用絵師となる。
- 江戸・幕府 幕府がキリシタン数十名をフィリピンへ追放し、キリスト教に関わる書籍の輸入を禁止する。
- 海外・外交 シャム国、現在のタイで山田長政が毒殺される。
1631年(寛永8年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 奉書船貿易が始まり、海外渡航の管理がさらに厳しくなっていきます。
2月
- 讃岐 15日、西嶋八兵衛が満濃池の改修工事を完了させる。満濃池は現在の香川県仲多度郡まんのう町にある池である。
3月
- 江戸・幕府 10日、諸代官からの要請により、幕府が年貢を緩和する。
- 信濃 13日、浅間山が噴火する。灰は江戸にも降った。
- 加賀 13日、加賀藩が百姓法度58か条を作る。
4月
- 江戸・幕府 幕府が徳川忠長に甲府蟄居を命じる。
- 加賀 14日、金沢城が焼失する。
- 尾張 19日、尾張藩主・徳川義直が、家臣が作成した世界地図を家光に献上する。
6月
- 海外・外交 20日、奉書船貿易が始まる。海外渡航に関して、朱印状のほかに老中奉書の交付を条件とした。
8月
- 江戸 秀忠の病気平癒を祈願し、土井利勝が上野に鐘楼五重塔を建立する。
- 地方・諸国 10日、本多忠政が57歳で亡くなる。
- 徳島・高松 15日、徳島藩と高松藩の間で、逃散した百姓の引き渡しについて協定が結ばれる。
逃散とは、年貢などを払えなくなった百姓が、住んでいた村から逃げ出すことです。
9月
- 江戸・幕府 21日、幕府が東国の関所と渡船場で、手形を持たない女性や傷を負っている者の通行を禁止する。
- 江戸・幕府 22日、江戸町奉行所を呉服橋と常盤橋に設置し、町方を管理させる。
10月
- 京都 13日、後藤徳乗が82歳で亡くなる。
- 京都 閏20日、キリシタンや浪人をかくまうことを禁止する。また、新しく寺を建立することも禁止した。
11月
- 江戸・幕府 幕府が寺院の創建を管理するため、規制をかける。
日付不明
- 江戸・幕府 幕府は江戸と大坂の商人を糸割符に加え、対象を3か所から5か所へ拡大する。糸割符は中国商人にも適用された。
- 江戸・幕府 幕府が向井忠勝に安宅丸の建造を命じる。
- 薩摩 薩摩藩が琉球在番奉行を設置する。
糸割符とは、幕府が指定した商人たちに、生糸の独占的な輸入権を与える制度です。
1632年(寛永9年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 大御所・徳川秀忠が亡くなり、家光の政治が名実ともに中心になっていきます。
1月
- 江戸 24日、大御所・徳川秀忠が54歳で亡くなる。年寄の森川重俊は秀忠の後を追って殉死した。
森川重俊は秀忠の近習であったことから、後追いをした可能性があります。 近習とは、主君のそば近くに仕える役のことです。
2月
- 出羽 秋田藩の百姓たちが、検地や重い年貢に抵抗して逃散する。
4月
- 江戸 猿若座、つまり中村座などの芝居小屋を禰宜町へ移す。
- 伊予 7日、大洲藩主・脇坂安信と松山藩主・池田長幸が、遺領問題をめぐって刃傷沙汰を起こし、連座で改易される。
5月
- 肥後 22日、熊本城主・加藤忠広が不行跡により、江戸参勤途中の品川で入府を止められる。
6月
- 肥後 熊本城主・加藤忠広が、参勤途中の不行跡を理由に改易される。
- 京都 22日、角倉素庵が62歳で亡くなる。
7月
- 豊後 3日、府内藩主・竹中重義が黒田騒動を調停する。
- 江戸 27日、大御所・徳川秀忠の死にともなう大赦令により、沢庵宗彭と玉室宗珀が許され、神田広徳寺へ入る。
黒田騒動、または栗山大膳事件は、福岡藩で起こったお家騒動です。
9月
- 江戸・幕府 29日、幕府が旗本諸法度を制定する。
10月
- 海外・外交 2日、日蘭の交渉が復活する。
- 江戸・幕府 23日、幕府が徳川忠長を改易し、上野国高崎への逼塞を命じる。
12月
- 江戸・幕府 17日、幕府が総目付、のちの大目付を設置する。
総目付は、大名・高家・朝廷などを監視する役目です。 のちに大目付と呼ばれるようになります。
日付不明
- 江戸・幕府 幕府の御座船・安宅丸が伊豆で建造され始める。完成は1634年。
- 陸奥 仙台藩が江戸廻米を始める。
- 肥後 細川忠利が熊本へ転封となる。八代郡の下豊原村では八代焼が始まる。
- 琉球 薩摩が八丈島織法を久米島に伝える。
- 文化 『武州豊嶋郡江戸庄図』が出版される。
廻米とは、多量の米をある地点から別の地点へ輸送することです。
1633年(寛永10年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 軍役令、奉書船以外の海外渡航禁止、六人衆の設置など、幕府の制度整備が目立ちます。
1月
- 江戸 20日、金地院崇伝が63歳で亡くなる。
2月
- 江戸・幕府 16日、幕府が軍役令を制定する。1000石から10万石の大名や旗本について、軍役人数などを定めた。
- 海外・外交 28日、幕府が奉書船以外の日本船の海外渡航を禁止する。
3月
- 江戸・幕府 11日、継飛脚制度が定められ、東海道諸宿に継飛脚給米を下付する。
- 江戸・幕府 15日、黒田騒動が起こる。福岡藩主・黒田忠之の家老である栗山大膳が配流される。
- 江戸・幕府 23日、六人衆が設置される。これは後年、若年寄へと変わっていく。
4月
- 越中 17日、加賀藩の富山などで新しい極印銀が鋳造される。
極印銀とは、表面に極印を打ち、一定の品質を保証した銀のことです。
5月
- 肥後 熊本藩で人畜改帳を作成する。
- 江戸 19日、深川富岡八幡宮が造営される。
8月
- 江戸・幕府 13日、幕府が公事裁判に関する法度を制定する。
- 長門 14日、キリシタン弾圧により、阿武郡の仁左衛門が処刑される。
9月
- 越後 阿賀野川が決壊し、信濃川とつながる。
10月
- 陸奥 白岩一揆が起こる。会津藩村山郡白岩郷の百姓たちが、幕府に直訴を行った。
- 海外・外交 5日、オランダ商館長の江戸参府が行われるようになる。このとき来たのはクーケバッケルである。
白岩一揆は、旗本・酒井忠重による年貢の取り立て、強制労働、流通統制などに対する農民の反発から起こりました。
12月
- 上野 6日、徳川忠長が上野国高崎に配流され、自害する。
- 江戸・幕府 20日、幕府が書物奉行を設置する。
日付不明
- 江戸 貞門俳諧が盛んになる。貞門とは、松永貞徳によって提唱された俳諧の流派である。
- 肥前 明国船が長崎、薩摩、琉球で交易を行う。
- 琉球 琉球が明国の冊封を受け、2年1貢と定められる。
1634年(寛永11年)の出来事
この年の将軍は徳川家光、天皇は明正天皇です。 出島の建造開始、譜代大名の妻子江戸居住、家光の上洛など、幕府権力の強さが見える年です。
2月
- 江戸 村山又三郎が上堺町で村山座を開設する。
3月
- 江戸・幕府 3日、幕府が若年寄と年寄の分掌を定める。
- 京都 9日、大橋宗桂が80歳で亡くなる。
5月
- 長崎 幕府がキリスト教対策と貿易制限のため、長崎の豪商に出島の建造を始めさせる。
- 江戸・幕府 29日、幕府が長崎での外国人の来航や、奉書船以外の渡航禁止について制札を立てる。
閏7月
- 江戸・幕府 9日、琉球謝恩使が二条城で将軍家光に拝謁する。
- 江戸 23日、江戸城西の丸が全焼する。
- 京都 23日、上洛していた将軍家光から町年寄たちへ銀5000貫目が与えられる。
- 江戸・幕府 26日、幕府が大坂・堺・奈良の地子銭を免除する。
地子銭とは、土地代にあたるものです。
8月
- 江戸・幕府 4日、幕府が譜代大名にも妻子を江戸に置くよう定める。
譜代大名とは、戦国時代から徳川家に仕えていた家臣筋の大名のことです。
9月
- 江戸 1日、将軍家光が江戸の庶民に銀5000貫目を与える。
11月
- 伊賀 7日、伊賀上野の仇討ちが起こる。渡辺数馬が荒木又右衛門の助力を得て、河合又五郎を討つ。
日付不明
- 江戸 紀州産の有田蜜柑が江戸に入荷するようになる。
- 備前 岡山藩主・池田光政に熊沢蕃山が仕える。熊沢蕃山は江戸時代初期の陽明学者である。
- 長崎 中島川に眼鏡橋が架けられる。興福寺の2代目住職・黙子如定が架けたもので、日本初の石造りアーチ橋とされる。
1630年〜1634年は家光政権の制度化が進む時期
1630年から1634年は、徳川家光の政権がさらに制度を整え、幕府の支配体制を強めていく時期でした。
宗教面では、不受不施派の処罰やキリシタン関連書籍の輸入禁止など、思想や宗教への管理が強まっています。
外交面では、奉書船貿易が始まり、奉書船以外の海外渡航は禁止されました。 また、オランダ商館長の江戸参府や出島の建造開始など、幕府が貿易を強く管理しようとする動きが見えてきます。
政治制度では、旗本諸法度、大目付、軍役令、六人衆、書物奉行などが登場します。 大名や旗本だけでなく、裁判・軍役・出版まで、幕府が細かく制度化していったことがわかります。
1632年には徳川秀忠が亡くなり、家光が名実ともに政治の中心となりました。 その後、徳川忠長の改易・自害、加藤忠広の改易など、有力大名や徳川一門に対しても厳しい処分が行われています。
この時期は、江戸幕府が「支配の仕組み」をより具体的に作り上げていった、家光政権初期の重要な時期といえます。

