「警察官です。あなたの口座が犯罪に使われています」
現代でも後を絶たない、公務員や警察を装った特殊詐欺。
実はこれと全く同じ手口の犯罪が、300年前の江戸でも社会問題になっていました。
ターゲットにされたのは、高齢者ではなく「贅沢品を扱う商人」たち。
今回は、名君・徳川吉宗の時代に出された「なりすまし詐欺」を取り締まる御触書と、なぜそんな犯罪が流行したのか、その意外な背景を紹介します。
「役人を名乗るゆすりに注意!」幕府の警告
8代将軍・徳川吉宗が就任して間もない、享保2年(1717年)。
江戸の町に、次のような「御触書(おふれがき)」が出されました。
【御触書の内容(意訳)】
最近、役人のふりをして店に難癖をつけ、金品や飲食をたかる者がいる。
もしそのような者がいたら、本物だろうと偽物だろうと、すぐに番所(交番)に連れてきなさい。
「本物の役人だったら後で揉めると困る」と恐れて、内々に金を渡して解決しようとする者がいるようだが、絶対にダメだ。
もし隠蔽して金を渡したことがバレたら、その店の主人だけでなく、町内会の役員(家主・五人組・名主)まで連帯責任で処罰する。
幕府がここまで強く警告するということは、裏を返せば「役人を名乗って金をゆする詐欺」が横行していた証拠です。
なぜ、この時期に急増したのでしょうか?
名君・吉宗の「倹約令」がアダになった?
詐欺が増えた背景には、皮肉にも将軍・吉宗が行った「享保の改革」が関係していました。
吉宗は幕府の財政を立て直すため、徹底した「倹約令(けんやくれい)」を出しました。
「庶民は贅沢をするな。派手な着物や高級な雛人形などは売っても買ってもならぬ」と厳しく規制したのです。
商人の「弱み」につけ込む手口
これで困ったのは、呉服屋(着物屋)などの商人です。
店にはすでに仕入れてしまった高級な反物や装飾品があります。
捨てるわけにもいかず、こっそり裏で売ろうと隠し持っていました。
悪人たちは、そこに目をつけました。
- 役人(のような格好)になりすまして店に行く。
- 「おい、今の御時世にこんな派手な商品を隠し持っているな! 違法だぞ!」と脅す。
- 「奉行所に突き出されたくなければ、分かってるな?」と金を要求する。
店側は「やましいこと(贅沢品の所持)」があるため、奉行所に通報できません。
泣く泣く口止め料を払ってしまう。
この「商人の弱み」につけ込んだのが、江戸のなりすまし詐欺の手口でした。

偽物だけじゃない? 「本物」もやっていた
さらに深刻だったのは、御触書に「役人だろうと偽物だろうと」と書かれている点です。
つまり、本物の役人(警察官)もゆすりをやっていたのです。
江戸の治安を守る「町奉行所」の実働部隊である、与力(よりき)や同心(どうしん)。
彼らの中には、職権を乱用して袖の下(賄賂)を要求する者が少なくありませんでした。
薄給すぎた江戸の警察官
彼らが腐敗した大きな理由は「給料の安さ」にありました。
- 与力(上司): 年収200俵(そこそこ貰える)
- 同心(部下): 年収30俵(ギリギリの生活)
同心は「30俵2人扶持」と言われ、今の年収で言えば300万円〜400万円程度。
しかし、彼らは捜査のために「岡っ引き(情報屋)」を自腹で雇わねばならず、経費がかさみます。
真面目にやっていたら食べていけない。
そのため、「見逃してやるから金をよこせ」という職権乱用が、半ば必要悪として横行してしまったのです。
💡 やさしい江戸案内の雑学メモ
江戸の警察機構である「同心」の仕事は、実は世襲制(親子代々受け継ぐ)が一般的でした。
そのため、ベテラン同心たちは町の人々とズブズブの関係になりやすく、「あそこの旦那には世話になってるから」と犯罪を見逃したり、逆に弱みを握ってゆすったりという癒着が生まれやすい環境だったのです。
まとめ
享保の改革による「倹約令」は、幕府の財政を立て直しましたが、一方で「商人の弱み」を生み出し、そこにつけ込む「ゆすり・たかり」の温床ともなりました。
「自分はやましいことをしているから、警察には言えない」。
被害者のこの心理を巧みに利用する手口は、300年前も現代も、悲しいほど変わっていません。
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参考文献
- 楠木誠一郎『江戸の御触書』(グラフ社)





